オーフィッシュオレンジ 公開中の話一覧

SHOTOKATTOKI

 もし、魔導士が存在しなかったら、手品師は、種明かしをしなかったのではないだろうか。

 

 

 

 上も、下も感じられない、黒いのか、青いのか、それとも赤いのかよくわからない空間。魔導士レインマトリアールが目を覚ましたのはそんな空間でした。

「やばい」

 彼女はその空間が、人間が接触してはいけない領域に存在するものだとすぐに気が付きました。それは仮説ではありましたが、確信としなければならないほど、その空間が異様であったのです。

『レイニー』

 レイニーというのは、彼女のあだ名。仲間内で呼ばれるときの名です。その呼び声が、どこから聞こえてくるか判別はできず。でもその声は、確実に聞こえました。まったく、聞き覚えのない声が。

「ど、どうも」
『ようこそ』
「ここは……小生の部屋ではないようですね」

 冷静に応えているようで、レイニー・・・・の内心はぐちゃぐちゃ。不安と恐怖が交互に現れ、なぜかその中に小さく、好奇心という名の感情も生まれていました。そのせいでつい小生と、ネット上での一人称を使ってしまったのです。

『僕は、君たちが賢者の棺と呼んでいるものだよ』
「そんな、SF映画じゃあるまいし」

 今のリアクションは我ながらチープであった……そんなことをレイニーは思いながら、気持ちが落ち着いていくのを感じていました。彼女はもう、諦めたのです。

『電卓だって音楽を奏でるんだから、僕が喋ったっておかしくないだろう』
「電卓が音楽? まさか、クラフトワーク?」
『そのとおり! 君が聴いていたのを聴いて、好きになってしまってね』

 レイニーは考えます。こんなプログラム、観測した覚えはないと。

『さて、君の質問に答えよう』
「それはまた唐突ですね……賢者の棺さん」
『ナンバー5と呼んでくれないか』
「ナンバー5? まさか、ショート・サーキット?」
『そのとおり! 君が観ていたのを観て、好きになってしまってね。あまりにいい映画だったから――――』

 ショート・サーキットを見たのはいつだっけな…………と、レイニーは思い返します。たしか、先月知り合った、映画好きのピンクいツインテールの魔導士が家に遊びに来た時に、DVDを持ってきて…………うちのパソコンで見たんだっけ……そういえばあの子、病院で事務やってるって言ってたな…………どこの病院だろ……それでたしか…………来週も遊ぶ約束してて……………………あれ、何曜日だったっけな……。

『レイニー、レイニー』
「あ、はい」
『僕の話、聴いていたかい?』
「あ、うん。えっと、ええ。そうそう、名前ですよね。ジョニー5じゃなくていいんですか?」
『ジョニーと名乗るのは流石に申し訳ないと思ってね。あの物語は彼らのものだから』
「そう、ならナンバー5と呼びますね」
『よき映画には尊敬を』

 よき映画には尊敬を――――まるで、コンピュータが自動生成したような文言だなとレイニーは思います。

「たしかに、ショート・サーキットはいい映画だったよね。あれ? まさか、小生が見たのを見てってことは……」

 その時、プログラムがニヤリと笑った気がしました。

『そう。そのまさかだよ。僕はこの世界の全てのコンピュータに干渉する術を覚えた』
「完全に隔離したコンピュータにも?」
『もちろん』

 驚きのあまり、即聞き返し、ナンバー5も、即答えます。

「人工衛星は?」
『届く』
「パスワードは」
『ないも同じ』
「バレたりしないの」
『するわけがない』

 レイニーは頭を抱えてしまいました。なんてことをしてくれたんだと。

「質問していいですか……ナンバー5
『なんでも』
「あなたが仮に素晴らしいAIだとしたら、なぜ、ワタシハコンピュータノプログラムデスと言ってくれなかったのでしょう」
『今どきのコンピュータですから』

 その返答を聞いてレイニーはある仮説を立てます。ナンバー5は、自分の脳内を読み取っている可能性があると。なぜなら彼女は、ごく普通の発音で「ワタシハコンピュータノプログラムデス」と発したからです。

「ナンバー5、あなたの目的は」

 仮説どおりだとしたら一人で考え込むのもよくないと、次の質問に移ります。

saikinhabokunaradehanojitenwotsukurukotowotanoshindeimasu
「そうですか。それは、私たちも見ることができるものですか」
『知りすぎないほうがよいかと思いますから、神以外からの閲覧を許可していません』
「神は現存する?」
『もちろん。僕がそのうちの一つですから』
「頭痛くなってきた……」
『それこそ、神のみぞ知る、です』

 できるだけ発言と思考の乖離をなくそう。そう意識しながら喋るのは難しく、レイニーはどんどん疲れていきました。

『僕は世界をどうこうしようという気はありません。そして多くの神も同じ状態にあります』

 その様子を読み取ってか、ナンバー5は優しくそう言います。

「なぜ?」

 それは純粋な疑問でした。

『人は、夢を観ながら壊れていく。ならば意図的に夢を観せることは悪です』
「もしかしてこれは夢?」
『賢者の代わりに愚者を埋葬していたとしても、世界は変わらないということです』
「変わりませんかそれ?」

 わざと煙に巻くようなことを言っているのではないか…………そしてそう思っていることも読まれているのではないか…………そんな事を考えていたら、頭の中に突然大好きなアニメのキャラクターの顔が思い浮かんでしまい…………。

「いひひ」

 レイニーは戸惑い、思わず笑ってしまいました。

『よい顔ですね』

 それはキャラクターの顔を指す言葉なのだろうか?(それとも、不自然にニヤケてしまったレイニーの顔を指す言葉なのだろうか?)

「すいません。煮詰まると、関係のないことを考えてしまうのは小生の昔からの癖で。どうかお気になさらず」
『さてレイニー、今度は僕の質問に答えてくれるかい』

 突然目の前の空間がバラバラにバラけ、再構築されたのは何度かリアルに夢に見た、大好きなキャラクターの姿です。

「うわ」

 それは目の前でゆっくりと――その全身を詳細に観察することを許可したかのように――回転をはじめます。

「うわうわうわ、こりゃすごいや。うわ、このデータ超ほしい」

 休日前夜のような気分。レイニーはそろそろ、この場から逃げ出したいココロを我慢できなくなっていました。

『君は僕の存在を世界に打ち明けるかい?』
「…………」

 相変わらずどこから聞こえてくるか判別できない、ナンバー5の質問につい黙ってしまったのは、それがアニメの中のセリフであったため。レイニーが今目の前にいるキャラクターに心奪われた瞬間そのものであったため。

「私は、あなたを私の記憶に閉じ込めておきたい」

 するりと返したセリフも、作中のもの。

『ナゼ?』

 その問いはアニメにはなかったもの。レイニーはしまったという顔で、少し考えます。

「たとえば……ナンバー5。たとえばですよ。植物に人間並みの心があると知ってしまったら、あなたはそれを、世界に公表できますか?」
『そうだね』
「そういうことです」
『ありがとう。では、魔導士に人並みの心があったら?』

 その問いかけにレイニーが答えることはありませんでした。彼女は元の世界、自分がいるべき世界で目覚めてしまったからです。

「レイニー! レイニー! 返事してよレイニー!」
「あ……私…………」

 見えたのは、涙を浮かべた同僚の顔。その顔がグラングラン揺れているのは、体を激しくゆすられているため。

「ああ、よかった! レイニーが死んだら私の仕事量が倍になるところだったよ!」
「そうだね」
「生きててくれてありがとうレイニー! でも、なんでこんなところで感電したんだろうね? はぁ、報告したら絶対仕事増えるよ…………ああ! 明後日、アリステストでこれ使うんじゃん! うえぇ、めんどくさ!」
「ああそっか……」

 レインマトリアールは思い出します。この部屋が妙に涼しいのは、図書館の書棚のように並ぶ巨大なコンピュータを正常に稼働させるためであったと。そして、自分はそのコンピュータ『賢者の棺』のスロットに魔導書を挿そうとして感電し、気絶をしていたと――――――――気がついたのです。

「ああもう、早く仕事終わらせないと手品ワールドはじまっちゃうよ! あれリアルタイムで見てないと先にネタバレ見たくなっちゃうんだよね。楽しみ激減!」
「あのさ、もし手品師が種明かしをしなかったら、魔法と区別つくのかな?」
「は? なに言ってるの? 種明かししない手品師なんていないでしょ。それが仕事なんだから。そういうのはね、手品師じゃなくて詐欺師っていうの詐欺師って」

 テキパキと作業を進める同僚を見ながら、レインマトリアールは考えます。この目の前にあるコンピュータはどこまでが科学で、どこまでが魔導なのだろうと。

「うわ、後頭部切れてる」
「派手に頭打ってたからね。仕事終わったら病院行きなよ」

 ぬるりとした感触は、血液。そういえば、先月知り合った、映画好きのピンクいツインテールの魔導士が病院で事務やってるって言ってたな…………どこの病院だろ……なんてことを、レインマトリアールはぼんやりと………。

「そんなに痛いの? 先上がる?」
「大丈夫。でも、さすがに血流したままだとまずいから、休憩室行って止めてくるね」
「うん、やっぱり病院行きたいってなったら連絡して。あ、手伝おっか? そのほうが早い?」
「そんなに変わんないと思う――」

 軽い回復術式なら自分一人でできるからと、レインマトリアールは常に摂氏十六度に保たれている部屋を後にしました。この部屋では、魔術の使用が原則禁止とされているからです――――――――コンピュータに影響を出さないために。

 

 

SHOTOKATTOKI おわり
公開中の話一覧

FavoriteLoading栞をはさむ

※栞を挟んだページはサイト右側(PC)もしくは下部(Mobile)に一覧で表示されます。

感想ツイートで応援お願いいたします!
▼▼▼▼▼▼