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カワウソよ走れ

 ある、川にて――――。

「日本にもカワウソがいるんだね。知らなかったよ」

 まるで遊んでいるかのように泳ぎ回るカワウソの家族を見てそう言ったのは、艷やかな黒髪を後ろで束ねた魔導士リリリラトラです。

「あんた、日本に来てどのくらい経ったか覚えてる?」
「一年くらいじゃない?」
「一年と七ヶ月。そんなにいて、どうしてカワウソがいること知らないの……。この土手だって、何十回と走ってるのに」
「え? そんなにいるのカワウソ」
「いろんな川にいるし、テレビにもよく出てるよ」
「えー! もっと早く教えてよ」
「まさか、知らないだなんて思わないじゃない。先週の木曜日だって、そのへん泳いでたし」
「教えてよ!」

 リリリラトラは若干本気で怒っていました。

「興味ないのかなって……」
「カワウソに興味ない人なんていないでしょ!」
「そうなの?」

 リリリラトラの相手をするのは古くからの友人、ラーフーローン。二人は、ランニングの途中でカワウソの姿を見つけ、それを理由に休憩を始めたところなのです。

「あれってベネズエラにいたやつと同じ種類かな?」
「あれはニホンカワウソ。どこをどう見たら、オオカワウソに見えるの?」
「子どもかなって。あはは、やっぱカワウソは元気だなぁ」
「一時は絶滅したって言われてたんだけどね。ある学者が再発見して、そこからまた数が増えたみたいだね。もうだいぶ前の話らしいけど。興味あるなら、私の家にカワウソの本とか――」
「やっぱ、滅ぶべきは魔導士だよね」
「なんで唐突に魔導士…………あんたって時々、むちゃくちゃ言うよね。そもそもニホンカワウソを再発見した学者も、魔導士なんだけど? 協会もけっこう協力したみたいだし」
「へぇ。魔導士協会も、たまには意味あることするんだね」

 リリリラトラはそう深く考えているわけでもなく、なんとなく思ったままに発言していました。そしてそれを、ラーフーローンはよくわかっていました。真剣に取り合ってもすぐに別の話題に飛んでいってしまうことを。

「リリリラトラ」
「なに?」
「カワウソの家族ってさ、いいと思わない」
「そうだね。ま、私には家族ってよくわかんないんだけど」

 これは、リリリラトラがごくたまに言うこと。

「またそういうこと言う……」

 そして、これまで同様、深く考えた上での発言ではないということ――――そうわかっているはずのラーフーローンは、今の言葉を聞き逃すことが出来ませんでした。

「うわ、めっちゃ落ち込んでる……でもさ、でもさだよ? わかんないものをわかるって言うほうがひどくない? 私とラーフーローンは友達なのに」
「……そうだけど」 

 いつものように言いくるめられて。

「あはは、見てよラーフーローン。あのカワウソの動き、意味わかんなくて可愛い」
「…………」

 カワウソの見せる多種多様な動きを楽しそうに見るリリリラトラの横顔を、ラーフーローンはじっと見つめてしまいます。

「あれ、たしかカワウソって魔法使えるんだっけ?」
「妖怪、とか、そういう話、ね? うーん、どうなんだろうね。私には、わかんないかなぁ」

 急にこちらを向いたリリリラトラにドキッとして。ラーフーローンの答えは、たどたどしくなってしまいました。

「人間が魔法使えるなら、動物も使えるよね? 見て見て、あのカワウソ、今絶対、面白いの魔法・・・・・使ってるよ! あはは、面白い」
「そうかもね。ほら、あんたがこの前ナンパして断られた人、あの人なんか高魔力持ちのゴリラをなだめたって噂あるし、そもそも、微弱なものを含めると、生き物は全部魔力持ってるって話だし」
「動物と話せるようにならないかなぁ」
「使い魔的な? 噂では聞くけど、動物と会話できた人とか本当にいるのかね」
「もし話せるなら、どの動物と話したい? 私はカワウソ!」

 私は……と答えかけたラーフーローンは言葉に詰まります。今まで動物と話したいと思ったことは、あっただろうかと。

「動物と話すときってさ、人間と動物、どっちの言葉でしゃべるんだろうね。人間なんて、同じ言葉喋ってても話通じない時あるのに、喋れるのかなぁ? ねぇ、どう思――あれ? どうしたのラーフーローン」

 カワウソを眺めたままぼんやりとしてしまったラーフーローンの顔を、リリリラトラが覗き込みます。

「あっ……いや、あんたみたいに考えられるのって、素敵なのかもしれないって思って」
「なにそれ口説いてるの?」
「そんなわけないでしょ! ほら、ランニング再開するよ!」
「あーもう休みたい。あのカワウソたちのように! カワウソたちのように! カワウソたちのように!」

 周囲にちらほらと人がいることなど気にせずに、大騒ぎするリリリラトラ。ちょうどカワウソたちが向こう岸にあがり、寝転がるなどしていたところだったのです。

「カワウソはさっきまで泳ぎまくってたでしょ! 今度は私達の番! ほら、いくよリリリラトラ」
「あー、ラーフーローン待ってよ-!」

 夕日が差す土手を、再び走りはじめた魔導士二人。ゴールはまだ、遠く。

 

 

カワウソよ走れ おわり
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