アクアリウムライライラ
第一部 アクアリウムの白
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【003】第一冊三章 魔導書erase

「ぐぬぎーって、なんなのだよ」
「ぐぬぎゃー!」

 ライライラは再び大声を上げてしまいました。なぜなら、振り向いた先にいたのは魚の死霊などではなく、白髪はくはつの少年なのですから。

「さ、魚の幽霊が人に!」

 透明の魚が少年になってしまった。目の前で繰り広げられたイリュージョンに、ライライラは腰を抜かし立つことができません。でも、あまりの恐ろしさに体は必死に逃げようとするので…………ひっくり返った甲虫のように足だけが虚しく動いてしまいます。

「失礼な! 僕は幽霊じゃないのだよ!」
「幽霊が喋った!」
「僕は喋れるし幽霊じゃないのだよ! 間違いなく幽霊じゃないのだよ!」

 引きつった顔のライライラを見て、少年はプンスカ怒ります。

「いいかね、あれはペルーグラステトラ。僕とは別の生き物だ」
「て、テトラ? なんか聞いたこと…………あれ? おまえ透明の魚じゃねぇの?」
「僕は透明ではないのだよ!」

 透明な魚たちは、少年よりだいぶ向こうでフイフイと浮いていました。最初見た場所から大して動くこともなく。数えてみると、ちゃんと八匹。増えても減ってもいません。

「同じことを繰り返させてもらうが、あれはペルーグラステトラなのだよ。僕がテトラじゃないことくらい、見てわからないのかね?」
「いやいやいや、テトラってたしか……もっと小さい魚だろ! いくら私でもそれくらい知ってるんだぞ! ほら、あの魚、超でかいし……いや、まじでデカイな! っていうか、そもそもここ水の中じゃねぇし! はぁ…………まぁいっか」
「なんだね、急に落ち着いて」

 突然、呆れたようなため息をついたライライラに、少年は顔をグイと近づけました。うっすらピンクがかかったような白髪、そして濃いピンク色の瞳。どこか可愛らしい雰囲気のあるその顔をじっと見つめたライライラは、また、ため息をつきます。

「人の顔見てため息をつくだなんて、すごく失礼なのだよ!」
「いや、だってさ。これ幻術系の魔法だろ? 水がないのに魚が泳いでるし、変な喋り方するガキはいるし。誰かが作った世界だってのがバレバレじゃねーか」
「君だってガキだし、変な喋り方じゃないか! 強がって強気にしゃべるのはやめたまえよ!」
「なっにっあ!」

 少年の厳しい一言に、うまく言葉が出ませんでした。

「図星かね?」
「ず、図星じゃねーし!」
「図星じゃないのかね」
「そうだぞ、私はずっとこういう喋り方だ」
「なら、失礼したのだよ」

 少年が頭を下げて謝罪したので、ライライラは許すことにしました。

「はぁ。あれ、おまえのその服なかなかイカスじゃん。白メインでピンクを取り入れてるのも可愛いし、靴もピカピカだし――――」
「イカス? その言葉、無理して使っ……いや、別にもうなんでもないのだよ。気にしないでくれたまえ、君の喋り方など、気にしないで続けてくれたまえ」
「なんなんだよ! おまえだって変な喋り方のくせに!」

 少年の白とごく薄いピンクでまとめられたよそいきのようなデザインの服装、具体的に言うならば、小さなポケットつきの燕尾服のような形をした、でも燕尾服とは言い切れない不思議な形の長ベスト・・・・と、それによく合った半ズボンと、アイロンがけをしっかりされたシャツと、蝶ネクタイのようにしめたリボンと、ストライプの靴下と、ピカピカのブーツを見て「かなりいい趣味だ」とライライラは思ったのですが…………もう、それ以上褒めることはありませんでした。ベストの尾・・・・・がどことなく花びらに見えたりもして「本当に本当に素晴らしい」と、思っていたのですが。

「はぁ、馬鹿らしい馬鹿らしい。おーい、ババァ! 幻術なのはバレてんぞ! すぐ解いてやるからな!」
「君は、なにを言ってるのだね。意味がわからないのだよ」

 突然空を見て大声を出したライライラの顔を、少年は怪訝な顔で覗き込みます。

「っていうかさ、そもそも死霊魔術なんてありえねーじゃん。そんなことできたら、死者蘇生だってできちまうだろ」
「死んだら元通りにはならないのだよ」
「そうだよ。死者蘇生の魔術なんてあったら、世界がひっくり返っちゃうどころの騒ぎじゃねぇぞ! そんなことできたら魔導士協会で超偉くなれちゃうし! はぁ、ありえないありえないそんな夢みたいな魔法。魔法みたいな魔法なんてそうそうねぇんだからよ」

 急に態度の変わったライライラに、少年は困った様子。そんなことおかまいなしに、ライライラは苛立ちを顕にし続けます。

「いいか、死者蘇生に大規模術式、それに、霊魂召喚なんてありえねぇって話は魔導士なら誰でも知ってる! 伝説と現実は違うって学校でも…………ってあああ、馬鹿らしい! なに幻術相手にマジになってんだ私は。もうわかっちゃったんだよ、おまえ、ババァの作り出した幻術なんだろ? ってことはあれか? 起きたら終わりか? 全部夢でしたって消えるのか?」

 ぐっと少年をにらんだ後に、背後に浮かんでいる透明の魚たちをにらみます。

「そんな悲しいこと言わないでくれないか……。ペルーグラステトラは生きているのだよ」
「はぁ? 幻術だろ? あんな透明な魚がいるわけねぇじゃねぇか!」
「透明の魚はけっこういるのだよ!」
「それに、テトラは小さい魚だろ! 見てみろよあれ、超でかいじゃん! 大きさマグロ? 透明マグロなの? マグロにしてはひし形だけどさぁ!」
「なに言ってるのだね、ペルーグラステトラは小さいじゃないか! レインボークリスタルテトラよりは大きいけど!」
「でけーし! っていうかクリスタルってなんだよ、まさかそいつも透明の魚とか言うんじゃねぇだろうな!」

 ライライラがそう言うのも無理はありません。だって、ペルーグラステトラとやらは、頭の先から尻尾の先までの長さが、自分の腕よりも長いのですから。しかも体がひし形のようなかたちをしているので、より大きく見えます。でも、もう怖くありません。この奇妙な者たちは全て、魔法によって見せられている幻覚であると確信したのですから。

「はぁ、じゃあさ。あれが小さいとしたら、この足元の葉っぱも小さいってこと? まぁ、私の手よりは小さいけど、別にそんな小さい葉っぱってわけじゃないよね? 中っくらいの葉っぱだよね? イチョウの葉っぱは小さくないだろ? ならこれも小さくないだろ!」
「小さいさ! それにこの植物はそんな名前じゃなくて、グロッソスティグマなのだよ! そんな事も知らないのかね!」
「この葉っぱがイチョウだなんて言ってねぇよ! 形全然ちげぇだろ!」
「だからグロッソスティグマなのだよ!」
「はぁ? スティグマ? どうして葉っぱが聖痕スティグマなんだよ。そもそも聖痕せいこんにしてはありすぎじゃん。聖痕畑せいこんばたけかよ! 精魂込めて聖痕せいこんを育てましたってか……もう! なんなんだよ!」
「君こそなんなのだね!」

 どこを見ても、同じ葉っぱ。そんな景色の中、話の通じない少年にライライラはまたため息をつきました。

「そもそもせいこんってなんなのかね。そんな水草聞いたこともないのだよ」
「いや、そういうのもういいから。幻術にマジになるわけねぇだろ? 私は魔導士なんだからさ。ていうかさ、幻術にするならもっと現実っぽくしろよ。透明の魚は浮いてるわ、葉っぱを聖痕と言い出すわ、めっっっちゃくっっっちゃじゃねぇか! なめてるのか私のこと!」
「あっそう。そういう態度ならもういいのだよ! 勝手にしたまえ!」
「は? え、ちょっと! ってあれ? え? おい、どこに……」

 走り去った少年の姿は、ある程度離れたところで突然消えたかのように見えなくなってしまいました。本当に突然、フッと消えるように。残ったのは、ぽちゃんという…………なにかが水に落ちたかのような音だけ。

「ほら、やっぱり幻術じゃんか」

 延々と続く草原の中、ライライラは疲れた顔で、また、一人ため息を漏らすしかありませんでした。

 

 

 

【003】第一冊三章 魔導書erase おわり
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