オーフィッシュオレンジ 公開中の話一覧

週末の楽しみ方

「対魔弾を持って来い! 一番強いやつだ!」

 姿の見えぬ敵めがけて乱射しているせいで、弾の減りが早い。それでも、敵がいるであろう方角に向けて撃ち続けなければならないのは、このキャンプに「視察と教育」と称し数日前より滞在していた、本来こんなところにいるはずもないお偉方が「この敵は絶対に殺せ」と命令したからです。さらに、その高慢ちきな人物は早々に撃ち殺されてしまい…………残された者たちには、その命令を変更する権限がありません。

「あ……あう」
「おい貴様! 聞いてるのか! あのテントから対魔弾を持って来いと言ってるんだ!」

 最初の攻撃は銃弾一発で、死者も一人でした。その後も、同じような方角からの単発射撃のみが続いています。これは、間違いなくスナイパーの仕事。

「あっ!」

 兵の半数ほどが隠れている塹壕。そこから突き出された魔導カメラが、持ち主の手ごと撃ち抜かれます。カメラでスナイパーを探そうとした兵の悲鳴……それは、塹壕の兵たちの士気をズリズリと削っていきました。

「あっ……」

 勇気を出し、肩撃ち式ロケットランチャーを担ぎ飛び出した兵は足首を撃たれそのまま塹壕の中へと落ち戻りました。

「ごめん」

 落ちた衝撃で発射してしまったロケット弾の爆発に巻き込まれた者は、何名でしょうか。

「弾だ! 聞いてるのか!」

 標的になるつもりかと問いたくなるほど目立つ場所で機関銃にしがみつき、スナイパーがいるであろう方に向け通常弾・・・をばらまき続けるのは、生存者の中で最も階級が高い者で、その名をトゥートゥタムといいました。トゥートゥタムが、周囲の森に部隊を散開させず、キャンプに残っての戦いを選んだのは、森にスナイパーの仲間が潜んでいる可能性を考えたため。そんな、彼女は静かに、そして確実に錯乱していました。なぜならば過去――――このキャンプに配属される一年ほど前――――同じような襲撃を受けたった一人で生き残らされた・・・・・・・・経験があったからです。また、あの地獄が繰り返される……今度こそ仲間を守りたい……そんな思いに狂いながら、彼女は撃ち続けます。

「早く持って来い! 弾がきれる!」
「あ……あ」

 命じられた兵はどんどん短くなる弾帯をただ、見ているだけ。対魔導士弾を収納してあるテントに向かった者がことごとく撃ち殺されたのを見たせいで、動けなくなってしまったのです。

「早く弾を持って来い! 私が覗き見野郎をぶっころふっ」
「う……? う、うあああ!」

 眼の前で弾けたトゥートゥタムの喉と、停止する機関銃の音。飛んできた皮膚が頬に張り付いた兵はふらりと立ち上がり、一目散に逃げ出しました。目指したのは、遮蔽物のない草地を経て二百メートルほど先にある森です。

「待って!」
「おいおまえら! どこへ行く!」

 つられて駆け出したのは、四人。呼び止める声など聞こえないかのように、或いはその声を振り払うかのように全力で走りました。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 逃げ込む場所は複数あるにも関わらず、最も遠い森を目指したのは、その森が敵の銃弾が飛んできた方と真逆であったから。ただ、それだけ。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 銃声の数が急に増え、直後静かになったことから予測されるのは、キャンプに敵の部隊が乗り込み終わった・・・・ということ。そして、それほどの短時間で制圧できるだけの術式が、使用された可能性――――五人は、振り返らず走り続けます。

「なんでっ、なんでっ、私達殺されてるの? ねぇ! みんなであんなに撃ったじゃんねぇ! 弾が来る方撃ったんだよ!」
「わめくな! 多分っ、はぁっ、はぁっ、ちくしょう、あいつだよ、噂のあいつが出やがったんだ……魔法陣で弾道変えやがるとかいうスナイパー……隊長……見張り台……ガソリン……狙いも正確すぎる……やつらだよ……吸血鬼部隊ヴァンパイアがきやがったんだ……まちがいねぇ……ヴァンパイアだよ」

 状況分析を続けられているのは一人だけ。でもそれは、間違いなく無意味。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
「密林の幽霊……これが……密林の幽霊…………やだ……密林の幽霊やだ……」

 冷静でいられないはずなのに、呼吸を整えるための術式がなぜかいつもよりうまくいってしまう理由を考える余裕はありません。

「くそっ! くそったれ! 絶対に殺してやるから――うあっ!」

 ふくらはぎを撃ち抜かれ倒れたのは、この中でもっとも階級が低い者でした。

「ミリアヌ!」
「戻ったらだめ!」
「ぎっ……!」

 踵を返し駆け寄ったのは、撃たれた兵ミリアヌと恋仲であった者。最期に愛する者の名を呼べたのは、不幸中の幸い……なのでしょうか?

「あ」

 餌としての用を終え撃ち殺されたミリアヌ。恋人と手が重なったのは、単なる偶然でしょうか?

「はぁっ、はぁっ」
「ミリアヌが死んだ……もうだめだ……もうだめだ…………」

 ミリアヌの仕事は集音術式による状況把握でした。そんな彼女が最初の狙撃から死ぬまで、一度も拾えなかった音があります。それは、遠くで発生した銃声スナイパーの音――――ほぼ確実に、集音を上回る消音術式が使用されている――つまりは、異常に高度な技術を持つ者に狙われているということです。

「はぁっ、はぁっ」

残った三人は必死に走り続けます。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 その中で一人だけ、生きようとすることに迷いを抱えていたのは、仲間からチチという愛称で親しまれていた衛生兵です。もし仮に、自分ひとりが生き残ったとしたら、なにができる?

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 それでも彼女は、走り続けます。走り続けるという選択肢以外、与えられていないから。

「あっ!」

 次の一人は、一撃で死亡。

「うっ!」 

 もう一人は、また脚を撃たれて餌に――――。

「助けてっ、助けてくださいオーラナイナ!」

 久しぶりに聞いた本当の名前。ああ、そうだ、撃たれたのは自分が教育係を務めた後輩で――――。

「オーラナイナ待って、待ってください!」

 戻って助けたい、そう思ったチチオーラナイナでしたが足は前へ、前へ前へ前へ前へと走り続けてしまいます。聞こえるのは、訓練の時にさんざ聞かされた、走れ走れという、この場にいるはずのない上官の声。

「痛っ!」

 腕をかすめた弾に込められたメッセージは、すぐに理解できました。撃たれたのは、衛生兵であることを示す腕章。そして……このスナイパーは、今回の襲撃で背筋が凍るほどの正確さを見せ続けていた……。

「どうして――」

 立ち止まって振り返ると同時に見えたのは、後輩の死。平均値をゆうに超える高い体内魔力の影響で、常人よりはるかに硬いはずの頭蓋の中身を飛び散らかした姿。それは、スナイパーが高性能な魔導弾を使用できている・・・・・・・証拠。

「どうして……って言ったの? 私に?」

 後輩の「どうして」はとても、とても小さな声だったのですが、ここまで聞いたどの音、どの声よりもはっきりと聞こえていました。後輩の最期の魔術で、耳の中に直接届けられ。

「う、う、う……ぐううう……」

 飛び散った血が目立たぬのは、真っ赤な夕日が隠してくれたから。

「あ……あはは…………」

 もう弾が飛んでくることはありません。だから安心して、立ち尽くしていられます。おまえは生き残ってスナイパーの腕のよさを伝えろ、なにもできず全滅した話を包み隠さず話せ、近隣に展開している仲間の部隊を撤退させるためのメッセンジャーになれという、頭の中だけで聞こえる、自分の声で再生される幻聴を聞きながら。

 

 

 

 それから一年後、顔を焼いて人相を変えたオーラナイナは戦場から離れた小さな町にいました。流れ着いたのは二ヶ月半前。住民は彼女の過去を問うこともなく、ただ受け入れて住処と仕事を与えてくれたのです。

「…………」

 いつの時代にアメリカの影響を受けたのか。少しだけ、西部劇のセットのような雰囲気があるこの街を、オーラナイナは好きになろうと、ごくたまに努力していました。こうして時々――まさに、ウエスタンドアと呼ぶしかないドアをあけてバーに立ち寄るのもその一環です。

「チチを」

 診療所で稼いだ金で、毎週末に飲む甘いカクテルチチは自虐。

「隣いいか」
「お好きにどうぞ」
「私も同じものを」

 まだ明るい時間。店内は空いているにも関わらず、わざわざ隣に座る女はトラブルの予感。でも、オーラナイナにはそれを避けようとする気力はありませんでした。

「なんだこれジュースか? おまえ、自分で顔焼く度胸があるくせに、よくこんなガキ臭いカクテル飲めるな」
「ウォッカを入れ忘れたんじゃないのかな……あれ? 今、自分で焼いたって言ったよね?」

 オーラナイナはその時、はじめて女の方を見たのです。身長百七十センチ以上はある、灰褐色に消え入りそうな赤と青の細い筋が入り混じった髪と、腐ったルビーのような瞳。この色は明らかに体内魔力による、変質。
 
「オーラナイナだな」
「そうですが、あなたは」
「おまえらに戦争をさせる立場にある・・・・・・・・・・・人間だ」

 湧き上がってきたのは、複雑な感情。私達の死をねぎらってくれるのか、なぜあんな戦場に自分たちを送ったのか、あれは不運だったのか、それとも必然的な敗北だったのか――――ごちゃごちゃ、ぐちゃぐちゃと入り交じる思考を洗い流すかのように、オーラナイナは甘いカクテルを一気に飲み干します。最悪、脱走兵として処刑される可能性に、汗ばみながら。

「なぁオーラナイナ。ここのバーテンは沈黙の価値を知っているだろうか?」
「ちんもく……ですか?」
「そうか。わからないか」
「え」

 女は笑顔でバーテンを撃ち殺します。銃を取り出してから撃つまで、全ての所作があまりにも自然だったので、オーラナイナはその殺人を理解するのに少し時間がかかってしまいました。

「さてどうするオーラナイナ。平和な町で聞こえた銃声、私は完全に悪人だ。ついてくるか、それとも私をここで取り押さえるか」
「…………」

 拳銃を上着の下のホルスターに戻した女は、店を出るために歩き出します。

「…………」

 周囲の者は、誰一人動きません。声を上げたら殺される、それをよくわかっているからです。

「どうして……」
「どうしてだろうなぁ、オーラナイナ」

 オーラナイナの足は、女を追っていました。店の前には一台の軍用車。その後部座席に女は乗り込み、手のひらを上に向けてこちらへ来いと指を動かしてみせます。

「優秀な衛生兵なんだろ?」
「そう……かもしれません」

 走り出した車。タイヤが派手に砂埃を巻き上げるのは、ここしばらく雨が降っていないから。

「でもおまえにはもう衛生兵は無理だろうなぁ。死者のために祈れる顔をしていない」
「…………」

 いつもひきつっている焼いた顔は毎晩寝る前に痒くなるので、小さなかさぶたが常にたくさんあり、いつも人目を引いてきました。でも、女の視線は火傷ではなく、開きづらくなってしまったオーラナイナの右目だけに向いていたのです。

「痛みには強いか?」
「わかりません」

 その痛みとは、肉体の話か、心の話か。

「耐えられるなら、おまえを一流のスナイパーにしてやろう」

 スナイパー。それは吐き気を催すような、不快な単語。ただ、喉の奥からこみ上げるのは飲んだばかりのカクテルではなく、サラサラとした液体。ああ、これは汚物ではなく涙だ。オーラナイナはゴクリと、それを胃の中へと戻します。それから――――。

「お願いします!」

 祈るように組んだ両手に、ポトンとよだれが落ちました。そして、その祈りに応えるかのようにオーラナイナの瞳が輝きを見せました。それはただ、サイドウインドウから入った夕日が、悲劇と喜劇を同時に鑑賞したかのような顔に反射しただけなのですが。

「必ず殺してくれよ、あのスナイパーにはずいぶんと殺されている。まったく協会は容赦がないよなぁ、私達をただの的だと思っているらしい」
「……必ず、殺す……殺します、殺します!」

 ズクズクと痛み出したのは、オーラナイナの太腿の傷。仲間が回復術式で治そうとして――――最中に撃たれ、中途半端な状態で――――そのまま放置したせいで足を動かすたびに気になる、ごりごりとしたしこりが残ってくれた傷。

「嬉しそうだなオーラナイナ」
「そうでしょうか?」

 窓の外には、走り去る車を呆然と見つめる大人たちと、かっこいい車を見てはしゃいでいる子どもたちの姿がありました。

 

週末の楽しみ方 おわり
公開中の話一覧

FavoriteLoading栞をはさむ

※栞を挟んだページはサイト右側(PC)もしくは下部(Mobile)に一覧で表示されます。

感想ツイートで応援お願いいたします!
▼▼▼▼▼▼