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アナコンダの娘 VS 太腿神

 一定以上の魔力を持つ者、つまり魔導士はプロスポーツ選手にはなれない――――これは、人間離れした力を純粋な競い合い・・・・・・・に持ち込まぬためのルールです。

『では、あなたは見たくないというのか? 斧ですらたたっ斬れぬ骨をぶつけ合う姿を! 人ならざる非常識わざの数々を!』

 そうして地下アンダーグラウンドに作られた競技場は世界各国に存在していました。そのうちの一つ、BLACK WATERブラックウォーター。ここで闘う者たちに課せられた掟は一つ、体外に出る魔術使用禁止のステゴロバトル。先月の再起不能者と死者はそれぞれ二名。過去を振り返ればこの数字は決して多いとはいえません。東西に分けられた控室の東側へと戻ってきたのは、終わったばかりの試合の勝者。わずか七秒たった一撃で決着をつけた、BLACK WATERの現チャンピオンです。

「どうしておまえは殺さない」
「殺さず勝つほうが難しいわよ」
「エンターテインメント性が高いのはどちらだ? 殺せないならせめて肌くらい出せ。おまえの薄い色気にも多少は値がつくだろう」

 首から下の肌を一切露出しない服を着たどう見ても成人していない少女が、チャンピオンの席に座ってからもう半年。背はそこまで高くなく、やや華奢に見える体つきはどう見ても強そうには見えません。その手を握ったところで、小さな拳しか作れないでしょう。

「そう怒らないでよアナコンダ」
「おまえはもっと稼げるんだぞフォルナ。そもそもおまえはここに稼ぎに来たんじゃないのか」

 チャンピオンの名はフォルナ。そのマネジメントなどなどを努める女性はアナコンダ――――フォルナは、この、母のような年齢の、傷跡だらけで、水に潜む蛇のような目をした女の名は偽名だとわかりきっていましたが、本当の名を聞こうとしたことは一度もありません。

「そうねぇ、肌くらい出そうかしら」

 ポンポンと外したのは、左右の手袋。もちろん、手首から上は隠れたままです。

「そういうことじゃない!」
「そんなことより次の相手は誰なの? 先月から相手をしてくれる人がずいぶんと減ったけど」
「おまえが強すぎるんだよ」
「そうね。次も楽勝だと思うわ」
「だといいがね。残念ながら次の相手はあの腿神なんだよな」
「モモガミなんて、知らないわよ。……え? なにその顔。知らない私がおかしいの?」

 あんぐりと口を開けたアナコンダに、フォルナは少し困ってしまっていました。

「腿神はな、高等魔導士の骨すら砕けると言われた剛脚の持ち主だぞ? おまえ以上に対戦相手が見つからない怪物だ」
「へぇ、私も七人くらいしか折ったことないけど」
「フォルナ、おまえの魔力量は大したものだ。体内魔力運用だって抜群にうまい」
「そうね」
「だが、それも並の強者としての話だ」
「なによ、並の強者って」

 適当にあしらうフォルナに対し、アナコンダは真剣な顔です。

「この試合棄権しよう」
「嫌よ。チャンピオンじゃなくなったらファイトマネーしかもらえないじゃない」
「それでもいい。私はここでおまえを潰したくない」
「えー」
「おまえは、体外で魔力を運用できない体質だろう。体内、体内、体内……どれだけ鍛えても体内のみで――」
「アナコンダ。その話はそこまでにしてよ」
「悪かった」

 アナコンダの言う通り、フォルナは魔力を身体の外に出すことができませんでした。多くの魔法使いが当たり前のようにできるライター代わりの魔術ですら、使えないのです。

「いや、怒ってるんじゃなくて。そこまでなのは棄権の話ね。私、出るわよ」
「おまえ人の話をちゃんと聞いて――」
「威力があるなら避ければいいじゃない。その間に目を片方くりぬいちゃえば、さすがに戦意喪失でしょう?」
「おまえに人の目がくりぬけるのか?」
「私をお人好しだと思ってる? 必要ないことはしないだけ」
「ったく、とりあえず勝ち方を考えてやるよ。それで思いつかなければ、棄権。いいな」
「いやよ」
「おまえ!」

 それから三日後、フォルナは乾いた血痕だらけの壁に囲まれた、一辺が四メートルほどの長さの五角形の部屋の中に立っていました。観客席のない、複数のカメラが眺める、人間とカビのにおいの染み付いた闘技場に。

「あなたがモモガミさんね。たしかに、すごい太腿だわ。モモブトハムシみたい」

 百六十五センチ程度の相手を少し見上げて言ったのは、フォルナの身長がそれよりも低いため。

「あらあら、生意気で可愛い子ねぇ」
「喋り方ちょっとかぶってるわよ。ちょっとちがうけど」

 舐めるようにフォルナを見つめる腿神は、妖艶な美女でした。ただ神と呼ばれただけあり、脚の筋肉は異様に発達しています。ごつごつと盛り上がった大腿四頭筋が浮かび上がる衣装は、明らかに見せつけるために選んだもので――。

「!」
 
 試合開始のブザーとともに、フォルナは後ろに下がります。音を立てて空を切る蹴りをぎりぎり避けて。意外と遅い――そう思った瞬間、腹部に焼けた鉄板を押し付けられたような熱さがありました。

「あ……あ」
「なにされたかわかってないみたいねぇ」

 壁に叩きつけられた背中が軋んだ後に、内臓が破れたような感触。内腿を伝うのは、流れてはいけない血。

「んうっ!」

 追撃をされないわけもなく……フォルナはあっという間に複数回蹴られてしまいました。衝撃で爆ぜた肌。まとう生地の下で血がぬめり、外れた関節が嫌なほうに向いています。

「硬いわね」
「はぁっ……はっんっあ」

 脳が揺れすぎたせいで飛びかけた意識をつなぎとめるのは、体内で棘状にした魔力結晶による痛み。それは、今全身に感じている様々な痛みよりも、強引に関節をはめた痛みよりも、鮮明で、よだれを垂らしながらも同時に、舌が乾くほどの鋭さを持っていました。

「苦しんでるの? それともあえいでるの? まったく、気持ち悪い子ねぇ」
「はぁっ、はぁっんんぐっ!」

 動けぬフォルナに、今まで以上に強い蹴り。受け身を取ることなど絶対にできない、ボロボロになった標的に向かって放った完璧すぎる一撃。

「なっ……なにしてるのあんたっ!」
「うううう……!」

 フォルナの身体に響く、蹴りの衝撃百二十パーセント。激突の瞬間、まるで愛しているかのように脚に抱きついたせいで、腿神の魔力が強烈に流れ込んだのです。蹴りの威力プラス極太魔力流、フォルナの体内で品のない音が汚い波紋となって広がります。

「離さないと、死ぬわよ」

 彼女たちの戦いを監視するコンピュータは正しく検知していました。ルール違反となる体外への魔力流出を。でも、顔の見えぬ主催者はそれを知らせません。それはつまり、試合を続行せよという意思表示。違反した本人はそれに気づきながらも、こう思います――――この子は離す気はないのだろうなと。

「もう一度聞くわ、離す気はないのね?」
「うう」
「ならっ――!」

 フォルナごと壁を蹴る、蹴る、蹴る。何度壁に打ち付けられようともフォルナは脚を離さず、必死にしがみついていました。

「あぁあっ! げほっ! げぼっ!」
「これでもっ……離さないのね!」

 埒が明かぬとひときわ大きく振りかぶり、硬い壁にヒビがはいるほどの強い蹴り。その反動から動きが止まったと同時、濃い血を吐きながら敵を見上げる瞳は血走っていて――――。

「ねぇ、モモガミさん…………あなた……名前は?」
「コルネィル」
「そう、コルネル。ごめんね」
「なにを……んっあああーっ!」

 コルネィルの叫びはまるで幼子のようでした。そして……ようやく脚から離れたフォルナは、ドサリとうつぶせに倒れます。

「なんてことしやがるのっ……」

 膝をついたコルネィルが押さえるのは腿からの出血、二箇所。

「抱きついてれば……腕に力も入るし……手に魔力を集中できるかなって……思ったのよ……」
「そういう次元の話じゃないわよ…………」

 起き上がれないフォルナの両手の中には、ぎっちりとコルネィルから引きちぎった脚の筋肉が握られていました。体内魔力による補強で指の皮膚が裂けるほど強く握った結果、爪が六枚パカリとめくれています。

「どうするコルネイル…………まだ……戦う?」
「私の負けでいいわ。頑丈な上に、痛みを怖がらない。これ以上肉をもがれたら商売あがったりよ」
「よかっ……た」

 勝者となったフォルナは、そう言い残して意識を失ったのです。歓声はもちろんなく、聞こえたのは試合終了のブザーだけ。

 

 それから三日後、フォルナが目を覚ますとそこは小綺麗な病室でした。ベッドの質もよく、空気もきれい。隣にはアナコンダが座り、コクリコクリと船をこいでいます。

「なによこれ……」
「ん、ああ? ああ、起きたか」
「アナコンダ、私は病院なんかにお金をかけたくないの。もっと安い部屋に――」
「神様の奢りだよ」

 アナコンダが親指で差した、自身の背後。そこにはもう一つベッドがあり、コルネィルが横になっています。

「少し二人で話すといい。お礼の仕方も覚えておいて損はないからな」
「待って、アナコンダ」

 病室に残されたフォルナとコルネィル…………………………………………しばらく無言が続いた後、先に口を開いたのはフォルナでした。

「あ……ありがとう」
「あんたはさ、なにをしたいのよ」
「私はお金を貯めてる。ほしいものがあるから」
「でも、誰も殺してないのよね。最低でも二割増しになるのに」

 相手の命を奪えば報酬が増える。それは、相手の命に価値があることの証明です。

「私はこんなところで殺しをするような小物じゃないのよ」
「いつからそんな大人びた話し方をしているの?」
「別に大人びてなんかないわ。というかコルネイル……あなたって人の話を聞かない人なのね」

 コルネィルはなにも言い返さず、布団の中からタバコを取り出し、基礎的な魔術を使って指先に火を灯しました。

「この病院、禁煙のはずでしょう?」
「高い金払ってるからいいのよ」
「この部屋は許可されてるのかしら?」
「いや、この部屋も禁煙よ」
「怒られても知らないわよ? 吸わない人からしたら、タバコの匂いなんてすぐにわかるんだから」

 フォルナは思わず笑ってしまい、それにつられてコルネィルも笑います。

 

 それから三日後。先に退院が決まったのはフォルナでした。用事があるらしく、アナコンダの迎えはありません。
 
「ほっそい癖に怪物級の回復力ね。私にあれだけ蹴られたのに。普通は、体の中がスムージーみたいになるんだから」
「スムージーって……それ、入院する前に死んでるじゃないの」
「ええ。入院で済んだのは大したものよ」

 二人はコツンと拳をぶつけ、別れの挨拶の代わりとします。

「新しい勝ち方を教えてくれてありがとう、コルネイル」
「ずっと言おうと思ってたんだけど、私の名前はコルネイルじゃなくてコルネルよ」
「難しいのよ、発音が」
「待ちなさい、小娘」

 立ち去ろうとしたフォルナの腕をコルネィルが掴みます。

「なによ」
「あんな戦い方はやめたほうがいいわ。いつか、自分を上回る敵にあって壊される」
「大丈夫よ。私は世界一強い魔法使いになるのだから。誰にも壊されないわ」
「強き者ほど、倒し方を探されるものよ」
「なら私は誰よりも、強き者の倒し方を考えることにするわ」
「それはいいアイデアね」

 コルネィルは手を離し、タバコに火をつけました。

「これ、できないんでしょう? 弱火ライターなんて初心者魔術なのに」
「アナコンダが喋ったのね」
「そうよ。退院したら私、あなたのトレーナーとして雇われることになったから、あなたのこといろいろ教わったの」
「え、聞いてないけど」
「ええ、言ってないもの」

 フォルナはため息をつくと「またね」と言い病室を出ていきます。

「コルネィル……ね」

 白く長い病院の廊下。若きチャンピオンはその年頃の、ごく普通の少女かのような顔で歩いていきました。冬が来ない国の、暑い空気の中へ。

 

 

 

アナコンダの娘 VS 太腿神 おわり
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