アクアリウムライライラ
第一部 アクアリウムの白
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【005】第二冊二章 魔力炉とネオンテ寅

「お……これまた露骨だな。謎解きゲームかよ」

 それからもう少し歩いてみると、視界の向こうにぼんやりと茶色い汚れの塊が浮かび上がりました。その茶色は、壁のものよりもずっと濃くて重たそうな雰囲気でしたが、ライライラはためらうことなく近づいていきます。

「ふーん、そういうこと」

 数歩近づいてみるとその汚れは、透明な壁でできた建物の中に入っていることがわかります。特に霧が出ているわけでもないのに、近づくまでは建物と認識できず、ぼんやりとした汚れにしか見えなかったのは、あの壁が見え隠れする理屈と似たようなものだとライライラは判断します。

「露骨に魔導ものだなこれ。っていうか、この世界透明好きすぎでしょ」

 ペルーグラステトラのことを思い出しながら、ライライラは建物の周りをゆっくりと歩きます。

「十歩くらいかな……っと。あれ? もうちょっとあったかな。あった気がするな。うう、最初からちゃんと数えとけばよかった。はぁ、もう一周してみるか。いや、大きさは別にどうでもいいのか?」

 建物はそんなに大きくはなく、大股で歩くと、すぐに一周できました。屋根はライライラの身長より少し高いくらい。その真ん中にある透明の煙突が、ポコポコ音を立てながら大きなシャボン玉のようなものを吐き出しています。さらに空の上へと続く、サラリとした質感の乳白色のホースのようなものまであるのですから、もう怪しさしかありません。

「透明ってことは、そういうことだよな。ってことは、ペルーグラステトラもさわれないのか?」

 注意深く観察しながらもう一周してみましたが、入り口は見つかりません。でも、さっきの壁の理論を当てはめるならば、この建物に入り口は必要ないことになります。透明な壁はなんの抵抗もなく通り抜けることができましたから。

「うーん……」

 建物の周りを、ぐるぐるぐるぐると何周もしながらライライラは考えます。一体この怪しい装置はなんなのかと。

「うーむむむ。そもそもガラスって透明なのになんで見えるんだ? んー水も空気も透明で通れるけど空気は見えなくて、水は見えて、あれ? プールの中で水は見えないっけ? えっと、水はよくわかんないけど、ガラスは見えるけど通れない。でもここのガラスは見えて通れて……あ、あの泡も透明だな。色のついてる透明とそうじゃない透明があるのか? ん? 色のついてる透明ってどういうことだ? 透明って色なのか?」

 吐き出される泡はなかなかの勢いで、どんどん上へと上がっていきます。そして、その泡が天井にぶつかったように少し広がり弾けるように消えていくこの空間の空も、草原の時と同じく、全体が白く幅広く光る、太陽がどこにあるかわからない空でした。草原を照らしていた空のほうが、明るかったような気はしますが。

「うわ、なんか空気吸い込んでんじゃんこれ。いや、違うな。魔力集めてるのか……」

 それは、とても些細な、ほんの僅かな空気の動きでした。ライライラは足の肌で、建物の周りの地面に空気が吸い込まれていることを感じ取ったのです。赤い靴下を短く三つ折りにしていなければ、気がつくことはなかったでしょう。しゃがんでみると、その建物が地面に埋められていることも発見できました。どのくらい埋まっているのかはわかりませんが、埋めることで大地とリンクさせていることは間違いありません。この設置方法こそが大きな力を生み出し、空間を維持する秘訣だとライライラは確信します。

「うん、やっぱりこれ魔力炉だ! ってことは、この汚れが空間を維持するための魔力結晶ってこと? いくらなんでも、こんな汚い結晶ある? いや、触りたくならないように幻術で汚く見せてるだけか。はぁ、手が込んでるなぁ。嫌がらせの天才かよ」

 意を決したライライラは、恐る恐る壁に手を伸ばします。その細い指がなかなか壁に到達しないのは、中の汚れがただの汚れにしか見えないから。でもその汚れに妙なパワーがある気がするので、引くに引けません。最も、今のライライラは魔力を感じ取ることができないので、ただの想像でしかないのですが――――まるで「我こそ、この空間の要である」とでも言わんばかりのオーラを放っているような気がしてならないのです。

「けっこう凝った魔力炉だな」

 建物の中をよく見ると、汚れを意図的に溜め込むための構造があることがわかります。スポンジのような、毛糸をほぐしてから再び固めたかのような不思議な素材。それが建物の中にたっぷりと設置されているので、汚れがしっかりと捕まえられているのです。

「これだけ魔力詰まってたら、そりゃやばいよな……」

 魔力炉については、ざっくりとした知識しかありませんでした。魔導空間などを維持するための装置の一種であること。中の魔力を放出してしまうと、その空間を維持できなくなること。そして、魔力炉には様々な種類があり性能や性質が異なる場合があること。要するに、いろいろあってややこしく、そして、よくわからないけれど、なにかしらの重要な装置であるということ。

「内部の魔力が圧縮されてると危ないんだっけ? あれ、圧縮率が私の魔力量より高いとやばいんだっけ。えっと、体内の魔力の濃さと触った魔力の濃さが……うー、どういう計算だったかなぁ」

 もう少しで建物の壁に触れる、その手前でライライラは手を引いてしまいました。

「うーん。いくらなんでも、あのババァが私にそんな危険なことさせるかな? 一応、弟子なんだし。っていうか、わざわざ透明の壁で囲ってるんだから、触れってことでしょ? うん、やっぱりこの魔力を引きずり出してやればいいんだよ! なんかモソモソして引っ張り出せそうだし! そしたらこの魔導空間のどっかが消えて出口が……うん! 壁だって消えたりするし! あのババァ、私がちょっと勉強さぼってるからって、頭使わせようとしたんだな! へっへーんだ! もうわかっちゃったもんね!」

 今度は自信満々の顔で勢いよく……ではなく、やっぱり恐る恐る壁に手を近づけていきます。何回見ても、どう見ても、目の前の魔力結晶は茶色い汚れにしか見えないからです。しかも壁に付着していた茶色い汚れよりもずっと濃い汚れ。言うなれば、焦げ茶色です。

「痛っ! え! そういうのありなの!」

 ライライラが怒ったのは、建物の壁に対してです。さっき通り抜けた壁と同じように透明な素材でできているのに、手をがっつりと阻んできたからです。そのせいで、痛くもないのに痛いと言ってしまった自分に少し恥ずかしくもなりました。

「なんだよ! 私が勢いよく突っ込んでたら突き指するとこだったじゃねぇか!」
「それ、魔力炉じゃないわよ、お嬢ちゃん」
「うわっ!」

 突然後ろから声をかけられ、ライライラはびっくりして振り返ります。

「いきなり後ろから声かけるんじゃねぇよ! びっくりするだろ!」

 白髪の少年に続き、また後ろから声をかけられたライライラはさすがに激怒してしまいました。そこにいたのは少年では、なかったのですが。

「あら、大人相手に引かないなんて。大したものね」

 

 

 

【005】第二冊二章 魔力炉とネオンテ寅 おわり
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