アクアリウムライライラ
第一部 アクアリウムの白
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【008】第三冊二章 空中グッP

 それから三人は一緒に、黒っぽい地面の上を歩いていきました。やがて、壁が現れるとライライラは驚きの声を上げます。なぜならその壁はとてもクリアで、向こう側に見える世界がとても美しかったからです。背の低い植物から、背の高い植物、緑の植物だけでなく、赤色の植物まで。それらはごちゃごちゃと入り交じるのではなく種類ごとにまとめられており、手前は低い植物、そして、奥に向かうにつれてだんだん背が高い植物となるように植えられていました。

「すげぇ! あっちは秋なのかな? 私赤好きなんだよ!」
「いや、元からそういう色よ」
「秋じゃないのに赤くなるの! ミラクルだ! あ、でもトマトも秋じゃないのに赤いか! じゃああれはトマト? トマトの葉っぱって赤?」
「ほら、置いてくわよ」
「置いていきはしないのだよ」

 考え込んで立ち止まってしまったライライラは、待っていてくれた白兎とともに、先に行ってしまったフォルナの後を追いました。

「それにしても、なかなか手間のかかる水草を植えてるわね。見事なダッチアクアリウムだわ」

 フォルナが率先して壁を抜けたので、ライライラも続きます。

「やっぱりなにも感じないな。壁なのに」

 抵抗も、音もなく。まるでそこに隔てるものなどなにも存在しなかったかのように隣の世界へと進んだライライラは、壁を見上げて言いました。

「うわ、なにそれ!」
「ん? なにかおかしいかね?」

 続いて白兎が壁を抜けた時、ぽちゃんとまるで水になにかが落ちたかのような音が鳴り、通り抜けた場所から壁に波紋が広がっていったのです。

「え、私もやりたいんだけど」

 自分も波紋を起こそうと、何度も何度も壁をこえ行ったり来たりしてみましたが……なにも起きません。

「つまんねぇの。でもなんで白兎だけそうなるんだ?」
「逆に君は、なぜこうならないのかね」

 ぽちゃん、ぽちゃん。音と波紋を広げながら、白兎は壁を何度も通り抜けてみせました。その様子を、ライライラがあまりにも真剣な顔で見ているので、白兎は恥ずかしくなってきてしまい、トーン、トン、ト、と、歩幅をだんだんと小さくしながら、ごまかすようにその動きを止めたのです。

「揺らぎでしょうね。この魔導空間は、あきらかに違うコンセプトの水槽が連結されてる。間違いなく、関わった魔導士も複数。だから、不安定な要素があるのだと思うわ」
「確かに、壁はいきなり出てくるけど、あの変な建物はぼんやり出てきたな」
「変な……ああ、投げ込み式ろ過器のことね」
「っていうか、そんな不安定で崩壊とかしねぇだろうな、この世界。いきなり崩壊して植物が溶けてドロンドロンの緑色だらけとかになったら嫌だぞ私」
「さあ」
「さあじゃねぇよ! 私は帰り方わかんねぇんだぞ……しかも魔法使えねぇし…………ってまぁ、そんな魔法を使わなきゃいけないような場面にはなってないけどさ」

 自分たちの背丈よりも大きな植物たちは、上の方がゆらり、ゆらりと揺れていました。様々な緑、深い赤にオレンジ色……想像以上にたくさんの色がその世界には存在しています。

「魔法って、意外と日常生活には必要ないわよね。協会のルールに反する使用はできないし」
「ここは日常じゃねぇだろ。それに私はけっこう使うぞ、スマホとったりさ」
「あら、悪い子ね。そんな魔力に頼った生活していると、いざという時に困るわよ」
「いざという時なんて日常にねぇよ」
「じゃあ、今は?」

 ライライラは困った顔で、言葉に詰まります。そして、その話題を逸らすかのようにぐるりと回転してあたりを見渡しました。

「でっけぇ植物だなぁ……うわ! なんだあのヒラヒラ、すっげぇ! あれ、ちょっとまって、見たことあるぞあの魚! 言ったらだめだよ! 正解言わないでね!」

 植物のさらに上、ヒラヒラとリボンを広げたような魚たちが泳いでいます。

「クッキー!」
「グッピーよ」
「そう、グッピー!」

 スカイブルーの大きな尾びれ、それを上品に揺らして泳ぐ姿にライライラは心を奪われました。

「下から見るブルーグラスもいいわね。思わず撮っちゃったわ」

 フォルナはカメラをグッピーに向け、一枚撮影します。

「え、ペルーグラス!?」

 ブルーグラスとペルーグラスを聞き間違えたライライラは、ちょっとびっくり。

「ブルーグラスよ。ナマズを撮りに来たんだけど、これは撮りたくなっちゃうわね。撮れる枚数に限りがあるのに」
「ナマズ? 一種類しか撮らないつもりなのか?」
「そうでもないわよ。ナマズは本当にいろいろいるから」
「え、ナマズはナマズだろ? っていうか他に魚はいねぇのか?」

 ライライラは話をよく理解できないまま、視線を低い方へと移し他の魚の姿を探します。その脇で、フォルナは白兎にカメラを向けてシャッターをきりました。

「なんで僕を撮るのかね?」
「なんとなく、かしら? あなた、なんか撮りたくなっちゃうのよ」
「なんだフォルナ、魚だけじゃなく人も撮るのが好きなのか?」
「別に。むしろポトレは撮らないほうよ」
「撮れる枚数に限りがあるとかいいながら、けっこう撮るよな」
「イチニッパのカード差してるから、まあ」
「ふぅん……あ!」

 ライライラが見つけたのは、キラキラしているわけでもなく、ヒラヒラしているわけでもない灰色の魚でした。大きさはネオンテトラやグッピーよりふたまわりほど小さいくらい。つまり、自分たちが小さくなっていることを差し引けば、小さな魚ということになります。ライライラの体と比べると、腕の長さに少し足りないくらいの大きさはありますが。

「へぇ、あんな地味な魚もいるんだな」
「あれもグッピーよ」
「いや、さすがにそれは騙されないぞ」

 その魚はフラフラと泳ぎ、たまに、体を地面にこすりつけるような動きをしています。

「なにしてんだろ、痒いのかな?」
「あれは……近づいちゃだめだ!」

 白兎が急に声を張り上げました。

 

 

 

【008】第三冊二章 空中グッP  おわり
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