アクアリウムライライラ
第一部 アクアリウムの白
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【011】第四冊二章 ラーメンヌードルコリドラス

 動けるようになったライライラに、白兎、そしてフォルナと人の姿となったグッピーが続きます。ライライラが先頭なのは、まだ体調が完璧ではないから。ライライラの歩くペースに合わせようと、白兎が提案したのです。

「ごめんな」
「それは言いっこなしなのだよ」
「ええ、そうよ」
「そう、思います」

 一同は、新しい世界へと続く壁を見つけその前で立ち止まりました。

「あれ? ちょっと待って。魚ってさ、裸だよね?」
「突然なにを言い出すのかね?」
「いや、なんでこの子は服着てるのかなって。魚そのものが人の形になるなら、服着てたらおかしいでしょ」

 ライライラはふりかえり、グッピーの少女を見つめます。たしかに、彼女は裸ではありません。シンプルながら可愛らしいワンピースを着て、靴もはいています。

「たしかに、元の姿を感じるファッションではあるんだけどさ」

 髪も灰色。目は黒目がちですが、服も靴も灰色。思えば、魚だった時もそんな色合いでした。

「単純な話だと思うわ。あなたのひとつおぼえは、魚を人に変質させるだけでなく、その特徴をもった服も付与している。人に変えられるなら、それくらいできてもおかしくないじゃない。だってそうでしょう? 服は人が作るものだから。うーん、ちょっとこれは暴論かしら」
「たしかにすごい能力だな。こんな魔法聞いたことねぇ!」
「私なんて無から有を生み出してるわよ? まぁ、結構えげつないものなのよ、ひとつおぼえってやつは。そうね、服が出てくるのはあなたがファッションにやかましいからかもしれないわね」
「そっか、一つしか使えないなんてすごい制限だもんな。それにこの空間でしか使えねぇんだろ……って、今馬鹿にしたぬっあ!」

 たしかに……と首を縦に振りながら怒ったので、思いっきり噛んでしまいよくわからない発音になってしまいました。

「っていうかさ、その、グッピーさんでいいのかな。私が聞くのもなんだけどさ、今は気分的に人なの魚なの?」
「あの、えっと……」

 ふと思い出したように、ライライラがグッピーの少女に尋ねます。

「大胆な質問するわね」
「いや、私が勝手に人にしちまったからさ、気持ちだけでも本人のいたいほうでいさせてあげたくて」

 大したものね、とフォルナは感心します。

「私は……よくわかんないんですけど……魚だし、でもこうやって助けてくれて嬉しいし、なんか、ひ、ひ」
「人、かしら?」
「人の形にしてくれたってことを、残してくれたら、嬉しいかなって思います。それが助けてくれたってことだし。だから人とはちがって、人と同じで……」
「じゃあ、人になった魚のことを、人の形からとってヒトカタと呼ぶのはどうかね?」

 白兎の提案に「それは適当すぎるだろ」とライライラは思いましたが、グッピーの少女がとても嬉しそうな笑顔を見せたので、その言葉は飲み込むことにしました。

「まぁ、価値観なんて人それぞれ、いえ、魚それぞれね。ひとつ補足すると、ヒトカタよりヒトガタのほうが言葉として通じやすいのじゃないかしら。まぁ、誰に通じさせるんだって話だけれど」
「あ、それ、いいですね」
「うん、まぁ。いっかヒトガタで。グッピーさん嬉しそうだし。あ! 名前はなんていうの?」
「名前? グッピーでヒトガタですけど」
「いや、そういうんじゃなくて」

 それからライライラは一所懸命に名前という概念を伝えようとしましたが、うまく説明できず……見かねたフォルナが間に入ることにしました。

「私達はどれも人間。私も、ライライラも、みんなね。でもみんながみんな人間だと、個体を区別できないでしょう? それはヒトガタも同じ。ほら、これからもしヒトガタが増えたら、ヒトガタと呼んでも誰のことかわからないでしょう? 特にグッピーのヒトガタが増えた時にね。ああ、そうそう。UMAゆーま議論をするときにもややこしいわね」
「感覚で区別すればいいんじゃないですか? ゆーまってなんですか?」
「私達の感覚は、結構言葉に頼ってるの。だから、人間でも、ヒトガタでも、自分だけの名前がほしくなるのよね。それとUMAは……まぁ、UMAの話はまた今度にしましょうか。今は関係ないし」
「へぇ。そういうものなのですね。言葉なんて、使ったことないので、なんか使えていますが、よく、その言葉の気分とかわからないので、でもヒトガタにしてくれたのはライライラさんなので、名前をつけるならライライラさんがいいです」

 グッピーの少女が、どんな気持ちでそう言ったのかわかりませんが、結果として、ライライラが名前をつけることになりました。

「じゃあ、ヒトガタに名前をください。ヒトガタだけの名前を」
「えっと……大役すぎない?」
「それが責任というものよライライラ。ヒトガタにしたのはあなたなのだから」
「うーん……じゃあ、ニジカってどう?」
「わかりました、私はニジカです」

 グッピーの少女は、特に喜ぶわけでもなくその名を受け入れました。

「あら、わかってるじゃないの。グッピーの和名はニジ……」
「だろ? 虹にはなって歌からとったんだ! はなってはなとも読むし、かとも読めるんだぞ」
「いい趣味してるのね。聞いたことない曲だけれど」
「あ、そうだ。できそこないロリータの歌詞考えなきゃ」
「ライライラ、あなたは作詞家志望……なの?」
「別に? 帰ったら書いて見せようと思って」

 ネット上で? そう聞きかけて、フォルナはやめました。それから三人は、新しい世界に向けて目の前にある壁を抜けることにしました。向こう側には、グロッソスティグマとはまた違った雰囲気の植物でできた草原が見えます。

「これ、無理です。通れないやつです」
「大丈夫だよ、ほら。一緒に行こう」

 怖がるニジカの手をとって、ライライラは壁に向かって歩き出します。その手をしっかりと握り返したニジカは、怯えて固まっていましたが、ライライラが手を伸ばしなんの抵抗もなく壁を通過できることを見せると、目を瞑って後に続きます。

「うわっ!」

 ニジカが通り抜ける時にばちゃんと音がなり、壁に大きな波紋が広がります。それに驚いたのはニジカではなく、ライライラでした。

「すごいなニジカ。私もこれやりたいんだけど。できないんだ」
「僕の波紋のほうが……小さいのだよ」
「いや、そんなこと言ったら私はなんもおきねーし」

 広がりながら消えていく波紋を見ていた時、ライライラの背筋にゾクリと悪寒が走ります。今通過した壁の向こうから、声が聞こえた気がしたからです。

「い、今……なんか聞こえた……よな?」
「別に聞こえてないです」
「音を出す魚でもいるんじゃないのかね?」
「え! 魚は音出さないでしょ!」
「いるのだよ!」

 白兎の意見にライライラはちょっと怒り気味でした。白兎が言うならば、音を出す魚は本当にいるんじゃないのかなぁ……と心の片隅では思っているのですが、なんだか素直になれなかったのです。

「ほら、ちびっこ三人。行くわよ」
「はーい」

 元気よく歩くライライラと白兎に数歩遅れて、ニジカが続きます。そして、それに気づいたライライラと白兎はすぐに足を止めて振り向きました。

「「ニジカ」」

 見事にかぶったその声に、ライライラと白兎は顔を見合わせます。

「えっと。なにか伝えたいのであれば、君からで構わないのだよ」
「ん、うん。じゃあ私から……ニジカ、あのさ」
「はい」

 ニジカは、キョトンとした顔で、ライライラの顔を見つめました。

「もうニジカは病気にならないし、私達はこれから病気をどんどん治していくし、大丈夫だからな」
「はい」
「うーん、あ! そうだ! 私宿題で悩んでるんだよ」

 突然話を変えたライライラに、ニジカだけでなく白兎も首を傾げます。

「えっと、私は魔法が使えるんだ。すごい魔導士だから。ここでは、その、ヒトガタにするひとつおぼえしか使えないっぽいけど」
「それで私は、ヒトガタになったんですよね」
「そう! でも魔法って本当はいろんなことができるんだ。で、宿題を出されたってわけ」
「君は……突然なんの話をしているのかね?」
「え、宿題だけど」

 と、白兎に真顔で答えたライライラを見て、フォルナは優しくほほえみました。ライライラが、なんとかニジカを楽しい気分にさせようと、あの病気とは関係ない話をしようとしていることに気がついたからです。

「おい、なに笑ってんだよフォルナ」
「いえ、なんでもないわ。で、その宿題がどうしたのかしら?」
「魔法の便利な使い方を考えてきなさいって言われてさ。でもさ、元々魔法って便利じゃん。明るくしたり、遠くのものとったり、火を出したり、バチッとやったり。なのにおかしくね? この宿題。元々便利なものを便利にってさ、意味わかんなくて。水を水にしろとか、そういう感じじゃん?」

 フォルナがまた嬉しそうに笑ったのは、ライライラが当初の目的を忘れて宿題の話に夢中になってしまったから。

「そうね。たとえばこういうのはどうかしら? 匂いを消す魔法があるわよね。それで、食事の匂いを消すの」
「なんで消すんだよ。ごはんはいい匂いじゃねぇーか」
「こっそり隠れて食べられるわ」
「はぁ? なんだそれ! どう思うニジカ、今の話」

 突然話を振られたニジカは、しばらく困惑してから、こう答えました。

「そういえば、ごはんずっと食べてないです」
「……たしかに、僕もなのだよ」

 それを聞いたフォルナは、今度はニヤリと笑います。

 

 

 

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