アクアリウムライライラ
第一部 アクアリウムの白
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【012】第四冊三章 ヌードルラーメンイタダキマス

「あれ、私もおなかすいてないや」

 フォルナは、ゆっくりと聞き取りやすいように説明を始めます。この世界では、空腹を感じないと。

「私はここに来てそれなりに経つけど、全くおなかはすかないわよ」
「ふーん。まぁ魔導空間ならありえるな」
「ええ。修行に集中するために、そう調整したんでしょうね。体内で生成される魔力だけをエネルギーにして動く状態に。でも、それにより歪むこともあるのよ。ほら、見て」

 そう言いながらカメラを構えレンズを向けた先には、なにやらテントのような形をした魚がいました。その体はネオンテトラよりも大きく分厚く、ちょうどフォルナが手足を折り曲げて丸まったくらいのサイズです。

「うわ! なんだあれ、こっちにくるぞ! あ、ヒゲが生えてる! はは、猫みてぇだな! え、こっちくるんだけど! なぁ! こっちくるんだけど!」

 どことなく硬そうで塊感のあるその魚の口には、何本もヒゲが生えています。

「あれはとても大人しい魚だから大丈夫よ。コリドラスっていうの。ちなみに、ナマズの仲間よ」
「そうなのか? なんか変な動きしてるけど……うん、怖そうな感じはしないね。っていうか思ったより近づいてこねぇな。臆病なのか?」

 臆病かもしれない。そう思ったライライラは声をちょっと小さくしました。

「あれがナマズって本当か? ナマズってもっと黒くて大きいやつじゃなかったっけ」
「ナマズらしいヒゲにあなたも注目してたじゃない」
「ヒゲってナマズらしいのか」

 その魚は下を向いて、もそもそもそもそと一心不乱に口でなにかを探すような動きをしていました。浮遊感のあるその動きは、まるでその体の中に空気より軽い気体が詰まっているかのようで。

「あれは、ハラルドシュルツィね」
「はらるどしゅっ……うう、難しいな。そもそも名前はコリドラスじゃねぇのかよ」
「コリドラスのハラルドシュルツィよ。あら、あっちにもいるじゃない」

 もう一匹、同じような姿をした魚を見つけたフォルナは、カメラを縦向きに構え直してからシャッターを切りました。

「同じ魚だ! なるほど、この魚もテトラみたいに同じ魚と一緒にいるんだな」
「あら、いいところ見てたわね。でも残念。最初に見つけたほうがハラルドシュルツィで、今出てきたのがステルバイ。違うコリドラスなのよ」
「違うコリドラスってどういう意味だよ。どう見ても同じ魚じゃねぇか。なんだ? 宿題のつもりか?」
「いいえ。よく見なさい」

 フォルナの言葉を聞いて、ライライラは目を凝らして二匹のコリドラスを見比べてみました。その姿を見て、白兎とニジカもコリドラスを見つめます。

「あ、逆です」
「正解よニジカ」
「逆? わかんねー!」
「よく見てください、ライライラさん。あっちは白い体に黒、こっちは黒い体に白」
「んんん……………………ほんとだ!」

 ニジカの言う通り、ハラルドシュルツィは白地に黒い模様が入り、ステルバイは黒地に白い模様が入っています。とても良く似た模様ですが配色が逆なのです。さらに観察していると、顔の形がちょっと違うこともわかります。

「な、なんかついて行きたくなるのだよ」
「うん。たしかになんかついて行きたくなる動きしてる。面白いな、コリゴラス」
「コリドラスよ」
「そっか、コリドラスだ。怪獣みてぇな名前だな。可愛いのに、変なの」

 しばらくすると、二匹のコリドラスは物陰へと向かっていきます。

「うわっ、なにしてんだよ! コリドラスの真似か?」
「撮ってるのよ」

 コリドラスの姿がもうすぐ見えなくなってしまう。そんなタイミングで突然フォルナが腹ばいになったので、ライライラはびっくりしてしまいました。

「それで本題だけど、さっきのコリドラスの動きどう思ったかしら?」

 と、カメラの後ろのモニターで写真を確認しながらうつ伏せのフォルナが聞きます。

「いや、まず立ち上がれよ」
「もう、しかたないわね」

 静かに立ち上がったフォルナは、まだモニターを見ていました。

「で、どうだったかしら?」
「なんかさ、ヒゲで地面を掃除してるみたいだったな」
「あれ、コリドラスが餌を探す時の動きなのよ」
「へぇ。それがどうかしたのか?」
「空腹にならないのに、食事に関連した行動はする。ね? 歪んでるでしょ?」

 モニターからライライラの瞳へ、視線を移しながらフォルナは問いかけます。

「それさ、歪むっていうよりずれてるって感じじゃねぇか? 歪むって形が変になることだろ? でもさっきのコリドラスはきれいな形してたぞ。特に、あの手みたいなとこが……」
「ヒレのこと?」
「そう、ヒレ! ヒレがピーンってしててさ、可愛いのにかっこよかったじゃん。だから歪んでるんじゃなくてずれてるんだと思う」
「ずれてる……ね」 

 ライライラは両手を、コリドラスの胸鰭のようにピンと張ってみせました。

「うん。ずれてるんだよ。ほら、私だって、おなかすいてないのにお菓子食べたりするし、ヌードルラーメンなら結構お腹いっぱいでも食べたくなるし。それってさ、気持ちとお腹がずれてるってことだろ?」
「私はラーメンヌードル派だわ」
「お、合戦か?」
「どこで覚えたのよそんな煽り方……。でもそうね、歪みよりも、ずれ。たしかにそうかもしれないわね」

 その時、再びコリドラスが現れたので、フォルナは素早くカメラを構えてシャッターを切りました。

「人と話してるのに写真撮るなよ」
「私、ここに写真撮りに来てるのよ。その最中に、あなたと喋ってるの」
「なら仕方ないか。あれ、さっきのと違うなこのコリドラス。なんかシマウマみたいな模様してるし、背中のヒレが長げぇ! ヨットみたいだ!」

 ライライラの言う通り、そのコリドラスはハラルドシュルツィでもステルバイでもありませんでした。そしてフォルナは、その新たなるコリドラスの写真を何枚も何枚も撮影しています。

「よく撮るな。好きなのか?」
「ゼブリーナの現物は初めて見るの。まさか、ここで会えるとはね」

 しばらくするとそのゼブリーナと呼ばれたコリドラスは、今までのコリドラスと同じように物陰へと消えていったのです。  

 

 

 

【012】第四冊三章 ヌードルラーメンイタダキマス  おわり
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