第一部 アクアリウムの白
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【018】第七冊二章 イグドラシルフィッシュ
「じゃあ、ありがとうなのだよ」
三人はネオケラトドゥスに頭を下げ、その場を後にします。少し歩くと白兎だけが立ち止まり、ネオケラトドゥスの方を向いて何度かうなずきました。
「ライライラ、ネオケラトドゥスが君のことをいい魔導士だって。君ならいつかこの世界のユッグドラシルにたどり着くかもしれないと」
「え! ありがとうネオケラトドゥスさん!」
ライライラはちょっと飛び跳ねてしまうくらい喜んでいました。
「なにがそこまで嬉しかったのかね? いや、嬉しいとは思うのだけども、いくらなんでも喜びすぎだと思うのだよ」
「ユッグドラシルって言われたから!」
「そのさっきから何度も言うユッグドラシルというのは、そんなにすごいのかね?」
「ああ。私も詳しくは知らないんだけど、ユッグドラシルはすっげぇんだよ。だからこの世界のユッグドラシルって、この世界のすごいことにたどりつく、つまり白い病に勝てるって意味だと思うんだ! ううー! 百年も生きてると言うこと違うなぁ! 言い回しがおしゃれだよ!」
「ふむ、彼は長生きしているからね。しかしライライラも随分な名推理なのだよ」
ネオケラトドゥスに続いて、白兎にまで褒められたライライラはごきげんです。
「私の言葉をうまく取り入れて返すなんて本当にすごいなぁ、絶対ラップバトルとか強いと思う……あれ? ってことは、ネオケラトドゥスさんは私の話を理解してたってこと? ユッグドラシルって私しか言ってないよね?」
「僕との会話では全くそんな素振りを見せていなかったのだよ」
「百年以上生きた魚。私達の理解を超えた領域にいるのかもしれないわね」
「うん! ユッグドラシルみたいだったもんな!」
「あなた、ユッグドラシルのこと本当によくわかってなさそうね。もしかして、ネットかなんかでチラ見しただけかしら? ちなみに私は、イグドラシルと呼びたい派よ」
ライライラは腕を組んで、ユッグドラシルという言葉をどこで覚えたのかを思い出そうとしました。
「だめだー! 思い出せない! ネットじゃないと思うんだけど!」
「まあ、たしかに魔導関係の書籍でよく見る単語ではあるけど…………でもあなた、魔導書いらずよね? なら、やっぱりネットでみたんじゃないの? それかアニメとか」
「うーん。なんかこう、どこで覚えたか忘れちゃうことってあるのかもなぁ」
「なんでもかんでも覚えてる人のほうが珍しいわよ。私も学名とかよく忘れるし」
「僕もいろいろ覚えてないのだよ」
次の水槽を目指して歩く一同。でも、なかなか壁が現れません。ライライラは歩きながら、ユッグドラシルをどこで覚えたのか一所懸命に思い出そうとしていましたが……全く、欠片もヒントが出てきませんでした。
「ぐぬぎー! 思い出せない!」
「今、ぐぬぎーと言うのはちょっと違わないかね?」
「いや、口癖にそんな事言われると変に意識しておかしくなりそうなんだけど」
言い返された白兎は「そうか、よかった」と返します。
「ん? どういうこと?」
「君の気持ちが他ごとを見る余裕ができて、よかったと思ったのだよ」
「元気づけるのが下手くそだなぁ。でも、ありがとう。私、めそめそしねぇから」
「泣きたい時は泣けばいいのだよ」
「ああもう! わかりにくいなあ!」
わりと歩いた気がしますが、まだ壁は現れません。
「なかなか出てこねぇな……」
「まあ、あのサイズのネオケラを飼育するなら、けっこうな大きさの水槽になるわよ」
「あ!」
そんな会話をしていたら、行く先にスッと壁が現れました。
「あれ、なんもなくね?」
「そうねぇ、そう見えるわね。もう少し近づいてみましょうか」
近づいてみた結果、そこはやはりなにもない空間でした。
「床真っ黒だな。でも石でもないし、なんか床みてぇ……ここまでなにもないと逆に怪しいな」
「ああ、そういうこと」
「え、どういうことだよ!」
なにもない、黒い床の空間にフォルナはなんの躊躇もなく入っていきます。水が落ちたような音がしたのは、白兎が壁を通り抜けたから。
「おいてくなよ!」
「おいてってはいないのだよ」
ライライラも急いで壁を抜けましたが、やっぱり音は鳴りません。波紋も、白兎が広げた分に追加されることはありませんでした。
「なあ、フォルナ。これどういうことだよ。本当になんもねぇぞ。魚もいないし、植物もない。石もないし」
「いいえ、あれがあるわ」
「なんだあれ?」
指差した先には、くすんだ赤色をしたペラペラの、破いた紙のようなものが落ちていました。
「あれは観賞魚用のフレークフード。あれを使って、バクテリアを……へぇ。生存の約束された水はこの時点でも認められるのね」
「また通じない言葉で喋ってる。悪い癖だぞそれ」
「あら? ここにあるのは、餌だけじゃないみたいよ」
視線の先、こちらに向かって歩いてくる女性がいました。
「うわ、露骨にヤバそうな人だな。関わらないほうがいいんじゃないか?」
「そういうわけにもいかないわ。向こうさんは関わる気まんまんのようだから」
その女性は頭の先から爪先まで、黒を基調にした軍装に身を包んでいるのですが、そういったものに馴染みのないライライラには以前見たアニメの敵役にしか見えませんでした。きつく束ねられた群青色に黄金色が散りばめられた星空のような髪は、明らかに魔力の影響で変質したもの。下品にガツガツと、黒い編み上げブーツを鳴らしながら近づいてくるその女性は、まるで――――――――歩く夜。
【018】第七冊二章 イグドラシルフィッシュ おわり
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