アクアリウムライライラ
第一部 アクアリウムの白
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【019】第七冊三章 ユグドラシルフィッシュ

「やぁやぁやぁ。探しちゃったじゃねぇか。なぁフォルナ」
「え、知り合いなの?」
「いいえ。知らないわ。多分、一方的に知られてるのよ」
「それ、ヤバいな」

 フォルナは優しく手を下げ、ライライラと白兎を自分の後ろに下がるよう促します。

「フォルナフォルナフォルナ。なぁ、なぁ、なぁ」

 ガツガツと距離を詰めてくるその顔に爛々と輝くのは、髪と同じような群青色と黄金の入り混じった夜空の瞳。

「フォルナ、あいつめちゃくちゃ魔力強いんじゃない? 大丈夫か?」
「心配しなくてもいいわ。人ならざる色が現れるのは、高魔力症状のひとつでしかないのよ。つまり現れない人もいる」
「それは知ってるけどさぁ、フォルナめっちゃ弱そうじゃん……。あいつ喧嘩する気まんまんだよ? うわー! めっちゃ近づいてきた!」

 歩くペースをあげるのではなく、歩幅を大きくして一気に距離を縮めたその女性は、かなり近くまで来ても歩みを止めず自身のおでこをがつんとフォルナのおでこにぶつけました。視線をわずかに下げたのは、少し身長差があるから。フォルナの目を至近距離でグッと睨みつけます。

「うわあ! どうしよう白兎! 喧嘩しちゃう!」
「ど、どうしたら……いいのか僕にはわからないのだよ」
「心配しなくていいわよ。この世界では魔法は使えないから、そんなに危険なことにはならないわ」
「そいつ強そうだろ! それにひとつおぼえがやばかったらどうするんだよ!」

 鼻がくっつきそうな距離で睨まれ続けているのに、フォルナは冷静です。

「で、なにか用かしら?」
「ああ、用だよ。なにか用だよ」
「落ち着いて喋ってくれないかしら? あと、息の匂いが不快だわ」
「ぐぬぎー!」

 ライライラが驚いてしまったのは、乾いた音が響き渡っため。軍装の女性が大きく右足を引いてから、勢いをつけフォルナの頬を強く叩いた音が。

「もう、痛いわね。ライライラ、これ預かっといてくれるかしら?」
「う、うん……」

 突然現れた危険人物に、ライライラは涙目のままカメラを受け取ります。

「白兎、ライライラを連れて、少し離れてくれるかしら?」
「わ、わかったのだよ!」

 言われたとおり、急いで手を引きその場を離れました。

「で、もう一度聞くけど、なにか用かし――――ビンタがお好きなようね」

 フォルナは喋り終わる前に、反対の頬を叩かれます。

「フォルナフォルナフォルナ? なぁ、私の用事はわかるだろぉ?」
「わからないわよ」

 そう言うとフォルナは左手を振り上げ、思いっきり相手の頬を打ちました。

「はぁ、いてぇいてぇ。わからないだと?」
「ええ、わからないわよ」

 もう一度左腕を振り上げて、バチンと。

「同じ側を叩くなんて、なかなかサディスティックじゃねぇか! バランス狂っちまうよ!」
「ああ、そう」

 もう一度叩こうとした左手は、簡単に受け止められます。

「邪教討伐隊カンディル所属、マリーだ。わりと新しい隊だから知らねぇかもしれねぇが、隊の名前からヤバさはわかんだろ?」
「あら、いい名前じゃない。でも、カンディルには大人しい種類もいるそうよ。あなたはどっちかしら?」
「大人しくねぇほうにきまってんだろ! てめぇに喧嘩売りにきてんだからよぉ!」
「あら、上手に言えたじゃない。最初からそう言ってくれればいいのに。で、なんで私に喧嘩を売りたいのかしら?」

 マリーは眉間にシワを寄せ、首に角度をつけてフォルナを睨みつけています。

「てめぇぶっ倒して、達磨に目をいれるんだよばかやろう」
「あら、どこの達磨?」
「達磨と言ったら高崎だろうがよ!」
「高崎……ああ、群馬ね。そういえば私、ここに来る前にブルーグラスを見たわよ」

 二人は同時に動き、声を上げたのは片方だけでした。

「痛ってぇえええ! いきなり目ん中指入れんじゃねぇ! とれたらどうすんだ!」
「腕を折ろうとしたあなたが悪いのよ。それに、この距離なら柔らかいところのほうが早いわ」
「なめてんじゃねぇぞクソフォルナ!」

 一瞬の攻防。宇宙のような瞳から流れる血を拭いながら、マリーはフォルナから半歩離れます。荒ぶる声からは考えられないほど、落ち着いた動きで。

「し、白兎! どどどど、どうしよう! なんかめちゃくちゃやばいことになってる!」
「だだだだ、大丈夫なのだよ。ぼぼぼぼ、僕が君を守るのだよ」

 小さな二人は、全力で引いていました。

「ったく! わざわざ魚がいねぇところで現れてやったのによぉ! この仕打はねぇんじゃねぇかぁ! なぁなぁなぁ! フォルナなぁ! 待ってたんだぞ、てめぇがずっとでけぇ魚見てっから!」
「情緒不安定な人ね。ずっとテンション高いままアップダウンされても、可愛げがないわよ。落ちるならしっかり落ちてくれなきゃ」
「私はてめぇと口喧嘩しにきてんじゃねぇんだぞ!」
「さっき喧嘩売りにきたって言ってたじゃないの」

 その一言と同時。フォルナは体をくるりと回し、マリーの頭めがけ蹴りを放ちます。それを見事に防いだマリーが反撃するも、フォルナは綺麗に躱してみせました。

「ああくそっ、魔法が使えねぇのは困る、そう思うだろ! そこのクソガキどももよぉ!」
「えっ、あ、はい! 不便です!」

 突然話を振られたライライラは背筋を伸ばして答えます。

「子どもを巻き込むのはだめよ」
「巻き込まねぇようにしただろうが!」
「話しかけちゃだめよ、あなたみたいな不審者が」
「てめぇに言われたくねぇんだよぉ!」

 二発、三発、四発と攻防は続きます。やがて、鈍い音がしたかと思うと、マリーは不自然な角度で倒れます。

「はい、おまけよ」
「こぁっ!」

 つま先で、こめかみを思いっきり振り抜いて。フォルナの、そのあまりにも無慈悲な一撃を見たライライラと白兎は、ぴょんと飛び跳ねてしまいました。

「あら、そんなに怖がっちゃいやよ。こういう厄介な相手は徹底的にやらないと…………ほら、ね?」

 首をぐるぐると回しながら、マリーが立ち上がります。少しふらついていますが、あんな蹴飛ばされ方をしたとは思えません。

「肉弾戦では勝てねぇのかぁ……。勝てねぇのかぁ…………」
「キャリアの違いね――あら? あらー……そんなのって……ありかしら?」

 空間にこだましたのは、破裂音。フォルナはガクンと膝をつくと、そのまま倒れてしまいました。

 

 

 

【019】第七冊三章 ユグドラシルフィッシュ  おわり
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