第一部 アクアリウムの白
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【021】第八冊二章 愛玩パニエ
「でも、こんな薄いのによく弾止まったな。布だろこれ?」
「これはまぁ、そういうものなのよ。コンプレッションウェア風防弾着とでも言えばいいかしら? ピラルクーの鱗をモデルに超圧縮をかけた特殊製品。けっこう高いのよ。まぁ、加工にはかなりの魔力を消費するみたいだから仕方ないけど」
「魔導士ってたまになんかすごい技術使うよな」
どう見てもただの肌着にしか見えませんでしたが、たしかに穴は空いていません。伸縮性はあるようなので、この生地を弾丸が止めても下にある体に衝撃が伝わってしまうような気がしましたが…………それを聞くとややこしい解説がはじまりそうな気がしたので、ライライラは疑問に感じていないふりをしました。
「まぁ、大半は技術者か研究者みたいなもんだから。そもそも、魔導が世間に認められたきっかけは、地中の金を地表に引き出す術式を開発したからだし」
「あ。それ知ってる! 学校で習った!」
「有効範囲は狭いけど環境へのダメージも少ないしなんだかんだ効率もいいから、今でも使われているものね。だからアマゾンあたりには魔導士が多いわよ。金がよく出るし、いい魚もいるし」
「いや、魚は関係なくね? でも魔導士っていうとそんなイメージだなぁ。規模が小さいっていうかさ。スイッチ押したら電気がつくことのほうが、よっぽど魔法みたいだよ」
ライライラは魔法に対する不満を述べます。
「魔術の影響範囲は狭いものね。インフラ整備には向いていないわ」
「うん、テレパシー系も距離伸ばすと一人しか相手できなくなるし。チャットのほうが便利だな」
「だから魔導士はアクアリウムが好きなのかもしれないわね。水槽という限られた世界に、自分たちを重ねている」
「いや、さっきから強引にこじつけてるだろ」
「そう? でも実際多いわよ、アクアリストの魔導士」
「どこでアンケートとったんだよそれ」
SNSかな? と、ライライラは思います。
「でも、たしかにあなたの言う通り、大規模術式の成功例はないわ。あるのは伝説レベルのおとぎ話だけね」
「あーでもさ、なんか同じ空を再現したやつあったじゃん。雲の配置とかを一週間前と完全に同じにしてバズったやつ。でもあれ写真で見える範囲だけだったんだっけ」
「ええ、広角で撮った写真が流出して炎上したわね。それでも、参加した魔導士が何ヶ月も魔法が使えなくなったのよ。噂では、まだ何人か回復していないとか」
「うわっ、怖いなそれ。あれもう二年くらい前だろ? 大規模術式なんて挑戦するもんじゃねぇな」
そういえば、今の私も魔法が使えないなと、ライライラは自分の手のひらを見つめます。でも、魚たちを助けることができるひとつおぼえがある。その強い気持ちをぎゅっと握り込みました。
「でもいいなぁ。私も後世に残る魔法を見つけたいなぁ」
「あら、研究職志望なの?」
「うん。だってすごい魔法使いってだいたいそうじゃん」
未来の自分の希望も持ち込んで、ライライラは一所懸命に強くなろうとしていました。
「なら、まずは努力ね。知らぬ間に偉業を成し遂げていた……くらいの努力をしないと、今の研究業界じゃやっていけないわよ。この魔導空間だって、かなり高度でしょう?」
たしかに、とうなずくライライラでしたが業界のことなどなにもわかっていません。
「これ、落ちるのか?」
フォルナの腹部をべっとりと濡らしている血糊は、すごい量。これだけ汚れてしまうと洗濯でもかなり厳しい気がします。
「まぁ、本物よりは落ちやすいとは思うけど……ここじゃ無理ね」
「でもさ、ここ水槽の中だよな。ってことは水の中なんだろ? なら綺麗になるんじゃ――」
自分たちは小さくなって水槽の中にいる。その事実とは相反するように、血糊はポタポタと下に垂れ続けるだけでした。
「水の中ではあるけど、私達にとっては空気と同じような性質のものになってるから無理よ。まぁでも、ハロウィンのコスプレだと思えば」
「どんなコンセプトのコスプレだよ。ヌードルラーメンのカップ麺作ってる途中で突き飛ばされて包丁が突き刺さったのかよ」
「カップ麺に包丁は使わないわよ。というか、そんな長台詞よく噛まずに言えたわね」
「知らねぇのか? あれ、玉ねぎ刻んで乗せるとうまいんだぞ。あ、少しだけな? 入れ過ぎは禁物」
「子どものくせに通な食べ方するわね……」
「いや、でもまじで血まみれカップ麺って感じだなその格好。お、いいかも……血まみれカップ麺…………曲のタイトルみてぇだ」
フォルナのジャージには、部屋着のような雰囲気がありました。それが血まみれなので、さらに妙な雰囲気になってしまっているのです。
「そういえばさ、なんでやられたふりしたんだ?」
思いっきりこめかみを蹴り上げられるフォルナを思い出し、ライライラの鼓動が少しだけ速くなります。
「確かめようとしたのよ、あいつが白い病を悪化させてる魔導士なのかどうかって。この世界で病を変質させようと思ったら、ひとつおぼえを使うしかない。つまりひとつおぼえを使わせれば確かめられる」
「でも、あいつ、そんなの使ってなかったじゃんか」
肉弾戦の後に、銃弾一発。そんな戦いでしかなかったはず……。
「いいえ。使ったわ。私を撃つ直前、私の気を逸らせた」
いつの間に? とライライラの目が丸くなります。
「悪臭、とでも言えばいいのかしらね。こんな立ち上げ直後の水槽では、絶対にしないような……そうね、水が腐ったような強烈なにおいをかがされた、ほんの一瞬ね。ひどいにおいだったわ。その隙に銃を出して、バン! よ」
「そっか。つまり、その臭いのがあいつのひとつおぼえってことだな……あ、でもその話、また後でいい?」
「あなたが聞いたのよ? 別にいいけど」
「白兎、元気出せよ。私は嬉しかったし、あんなやつの言うこと気にするなよ。そもそも私が勝手に――――」
ライライラは、ずっと立ち尽くしたまま会話に入ってこなかった白兎に声をかけました。
「お、落ち込んでいないのだよ」
「ならいいけどさ」
「そうね。本人がそう言うなら先を急ぎましょう。銃を持ち込むほどの魔導士が他にもいたら危険だわ」
「ありがとうなのだよ」
白兎は、誰にも聞き取れないくらいの小さな声でそう言うと、トンとつま先で地面を叩いてから前を向きます。
「ああ、そうそう。カメラ、ちゃんと預かっといてくれてありがとうね」
フォルナはライライラが首にかけていたカメラを静かにとり、自らの首にかけ直します。
「なぁ、この空間になにかを持ち込むのって大変なのか?」
「まぁ私のレベルだと、このカメラが限界よ。以前、フルサイズを持ち込もうとしてはじかれたことがあるわ。645を持ち込むなら相当な魔力量を保持していないと」
「いや、ごめん。知らない言葉だらけで全然伝わってこない」
「でも銃は大したものだわ。武器をこの世界に持ち込むのは、魔力量がかなり多いか、相当器用に運用できるかのどちらかよ。多分、マリーとかいう魔導士は前者だろうけど」
「ふーん。あ! 私服着たまんまじゃん! すごいんじゃね? これも持ち込みだろ?」
着ている服も、持ち物である。それに気がついたライライラが調子づきます。
「みんな着てる時点で、大したことじゃないってわからない?」
「う……」
「例外もあるけれど、基本的には自分にとってあたりまえであるほど持ち込みやすい。だから、あえて身につけてるようなものは、吹っ飛ぶ可能性があるわよ」
「ふーん…………あ! パニエがない! ああ! そんなぁ……買ったばっかりなのに」
「だから消えたのね。今の今まで忘れているほど、馴染みがない服だったから。ここに来るルートとなった水槽の前にでも、落ちてるんじゃないかしら」
「ここに放り込まれる日に初めて穿いたんだよ! あーパニエ可愛かったのに! っていうかこの格好はパニエがあってはじめて完成するものなのに!」
ライライラは頭を抱えて座り込みます。
「パニエってなんなのだね?」
「ん? スカートの下にはいてスカートをふあっとさせるんだよ。今はほら、なんかぺしゃんとしちゃってるじゃん。これがふあっと!」
白兎が話に入ってきたので、ライライラはとてもとても嬉しそうにスカートの裾を持ちあげ、膨らませて見せました。
「ふむ、フィンスプレッディングみたいなものかね」
「スフィンクスプディング? そんなファッションアイテム聞いたことないぞ」
「わざと間違えるのはやめたまえよ。本気で間違ってるときと区別がつかなくなる」
「ごめん、スフィンクスはわざとじゃないけど、プディングはわざと。あるでしょ、そういうごまかし方」
「ふむ、そんな高度なごまかし方、僕にはできないのだよ」
白兎はいつもどおりの顔を作りながら、手を後ろに組んで、手のひらに爪を立てながらライライラの話を聞き続けたのです。
【021】第八冊二章 愛玩パニエ おわり
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