第一部 アクアリウムの白
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【022】第九冊一章 魔力を帯びたゴリラ with サカサマシノドンティス
三人が再び、自分たち以外の魔導士と出会ったのは、壁をいくつもこえ、逆さまに泳ぐ不思議な魚がいる世界にたどりついてからでした。
「ね……ネクロゼリア!」
「あら、知り合い?」
コリドラスを茶色くしてもう少し体を柔らかくしたような不思議な魚が逆さまに泳ぐ姿を真剣な眼差して見ていた、背が高く体格のよい筋肉質な人物はライライラのメイド、ネクロゼリアでした。
「ライライラ様、ここにおられましたか! 探しましたよ!」
「全然探してねぇだろ。今だって魚見てたじゃねーか」
ライライラはいつもにまして、強い口調でそう言います。
「あら、あんまり仲良くないのかしら?」
「う……だってネクロゼリアうちに来たばっかりだし、メイドのくせになんもやらねーし、メイドの会社に行くとか言ってしょっちゅう外行っちゃうし……意味わかんねぇんだよあいつ」
「ふぅん。それは意味わからないわね。で、ネクロゼリアさん。その鋭い視線はなんのつもりかしら?」
ネクロゼリアの視線はいつの間にか、フォルナに向いていました。
「ライライラ様、そいつから離れてください」
「は?」
いきなりそんなことを言われたライライラの顔に、怒りの色が浮かびます。
「その女は危険です」
「フォルナはいいやつだよ」
「聞き分けてください。私はあなたのメイドです」
「はぁ? おまえが私に何をして――――」
それは、ただ見えているというだけで、脳の理解をこえた速度でした。大人の足で十歩以上離れているはずのネクロゼリアが、一気に距離を詰め、フォルナを思いっきり突き飛ばしたのです。フォルナの体は二度三度跳ねて、派手に転がっていきます。
「フォルナ!」
一瞬の出来事に、ライライラの呼び声は少し遅れて。
「離れてくださいとお願いしたのに、離れてくれないからですよ」
「ライライラはそんなことしろと言っていないのだよ!」
白兎がライライラとネクロゼリアの間に入ります。
「白い少年、私、あなたのメイドではないですからね」
「ネクロゼリア……なに…………その体」
ライライラの怯えた声は、ネクロゼリアの体を見たから。明らかに、筋肉量が増えて分厚くなっているのです。ミシリ……ミチと、パンパンになった袖口が鳴ります。
「ひとつおぼえ、身体強化。私の得意魔法と同じですね。使いやすくてよかったです」
「まったく、カメラが壊れるところだったわ。これ、木製グリップだからひとつとして同じ模様のものがないのよ? ついでに教えてあげると、仮に、全特徴が完全に一致するものを用意できたとしても、それは別の個体でしかないの」
立ち上がったフォルナは、額から血を流していました。大した出血量ではありませんでしたが、それがマリーの時のような偽物ではないことくらいは、ライライラにもわかります。
「体内魔力運用による防御……ですか。ずいぶんと得意なようですけど、私相手に通用すると思いますか? 私にもできることですし、アクアリウムはフィジカル重視の世界ですよ?」
メキ。そんな音が聞こえそうな動きで、ネクロゼリアの手足がさらに太くなりました。
「思い出したわ。あなた、身体強化のエキスパート、ネクロゼリアね。通称、ゴリラ・ネクロ・ゼリア」
「はい。邪教討伐隊クラリアス所属ネクロゼリアです。魔導士協会の裏切り者、邪教聖典さん」
「邪教討伐……? ネクロゼリア、おまえメイドじゃなかったのかよ! だましやがって!」
「ライライラ様、ここは、私ではなくあの女が協会の裏切り者であることにつっこむところですよ? はぁ、嫌な少年ですね」
恐ろしい姿に変貌したネクロゼリアから遠ざけるために、白兎はライライラの手を掴み走り出していました。
「し、白兎! フォルナが」
「僕たちがいたら足手まといなのだよ!」
「だって……フォルナが!」
すぐに走れなくなってしまったのは、ライライラがつまづいて転びそうになってしまったためか、それとも、ライライラが地面に足を踏ん張ったためか。
「で、どうするんですか邪教聖典。魔法が使えるならまだしも、この空間では私に勝てませんよ。その右腕もどれだけもつか」
「よく見ていたわね。私が右腕でガードしたの」
フォルナは距離を保ったまま、近づこうとしません。
「ライライラ様お聞きください。この女は魔導士協会の裏切り者。魔導士の敵、魔導師。邪教討伐隊を離反した女です」
白兎の握ったライライラの手に、汗が滲みます。
「ねぇ、白兎。なんかおかしいよ。ネクロゼリア、今フォルナって言えばいいのにわざわざこの女って言った感じがする」
「うん……たしかに、おかしかったのだよ」
小さな声で、お互いにだけ聞こえるように二人は話します。
「ライライラ様は邪教聖典という名は、ご存知ないかもしれません。でも、この女は私達の間ではとても有名で、簡単に言うならば、仲間である隊員を欺き、殺し、そして逃亡したこの女は――」
「ネクロゼリア! 嘘言うんじゃねぇよ!」
「ライライラ様?」
明らかに不自然な言葉づかいをしたネクロゼリアに、ライライラは思ったのです。これは、嘘だと。
「ああ。名前、のことですね。この女の」
そしてネクロゼリアもそれにすぐ気がつきました。
「そうだ! それにフォルナがそんな悪いことするなんて、考えられない!」
「本当ですか? マリーとの戦闘で、異常な強さを見せませんでした? 明らかに、訓練を受けた人間の動きを」
「……それでも違う! フォルナはいいやつなんだ!」
ネクロゼリアは呆れた顔で、ため息をつきます。
「裏切り者の名は、口にすると穢れる。それだけですよ。私が話していることは事実です。ライライラ様」
「ま、マリーは口にしてたし!」
「あれは馬鹿ですので。でも、もう心配いりませんよ。その女さえいなければ、狙われることもありませんから」
「うるせぇ! そんなこと信じない!」
「もう、わがままですね。相変わらず」
「相変わらずって言えるほど、おまえは私のこと知らねぇ……あれ?」
ライライラは固まってしまいました。いつの間にか、フォルナの姿が消えていたからです。
【022】第九冊一章 魔力を帯びたゴリラ with サカサマシノドンティス おわり
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