第一部 アクアリウムの白
公開中の話一覧
【024】第十冊一章 激突アピストグラマ
ライライラと白兎は絶句します。白椿に、示された先にいた魚たちの姿を見て……。そこには、それぞれ違う形をした七匹の魚たちがいたのですが、みな体中に白い点が付着しているのです…………それも全身に――大量に――――びっしりと。その体の動きもあきらかにおかしく。生命機能のほとんどが満足に動いていないことは、誰の目から見ても明らかでした。
これが、白い病の姿であると。
これからあの魚たちは、あの白い点に命を奪われるのだと。
「すごいでしょ、全部私がね! あれ? お姉ちゃん、どうしたの?」
無邪気に首を傾げた白椿。その姿が目に反射したライライラは、体の中心からなにか溢れ出してしまいそうな、喉の奥と胸の中心が焼けてしまうかのような、不快極まりない感覚を味わっていました。
「ネクロゼリア……お願い」
「かしこまりました」
「うわっ!」
ライライラの一言でネクロゼリアは白椿の首をつかみ、その小さな体を地面に押さえつけます。
「ライライラ様が命令してくれたのは、水槽を立ち上げた時以来ですね」
「絶対に逃さないで」
それだけ言い残すと、ライライラは魚たちにかけよります。
「逃げないで! 助けるから!」
その姿に怯えてしまったのか、元気をなくしていた魚たちは必死に体を揺らし逃げ出そうとしました。体力はすでに残り少ないはずなのに。
「ライライラ! 僕に任せるのだよ!」
代わりに白兎が、魚たちに呼びかけます。
「ありがとう、白兎」
白兎の話を聞いた魚たちが、よろよろとライライラに近づいてきました。
「みんな助けるからな」
「さあ、みんな順番に並ぶのだよ! コリドラス、君たちは並ぶの得意だろう? みんなに教えてやってくれ!」
白兎の指示もあって、魚たちはライライラの前に一列に並びます。そして、先頭の魚にライライラは優しく触れました。
「いくよ」
ライライラの手の温度がじわりとあがり、胸の奥からこみ上げるような刺激がありました。やがて、パチパチパチとなにかが小さく弾けるような感覚が、手のひらを通過し光へと変わります。そして光は広がり、目が眩んだかと思うと――――光の中で魚が、人間と変わらない姿へと変貌していきます。ライライラのひとつおぼえ、ヒトガタの力で。
「次の子、おいで!」
休むまもなく、次の魚に触れて。その時点でライライラは視界の左側が欠落し、後頭部と腋の下がドクンドクンと脈打っていました。
「いいから、僕たちを信じて並ぶのだよ! そこのヒトガタになったばかりの君、君からもみんなに楽になったと伝えてくれないか! ヒトガタならば、魚に言葉が通じる可能性がある!」
三人目。ライライラの目はもうほとんど見えていません。
「ライライラ、次の魚が……君の前に来たのだよ!」
「あ」
ありがとう。その言葉は、最初の音しか発することができませんでした。前頭部から後頭部へと反復する痛み、まるで頭蓋の中でシンバルが鳴り響いているかのようです。見えないはずの目はチカチカと点滅し、ひどい吐き気を感じます。それでも、ライライラは必死にひとつおぼえを使い続けました。やり方は同じ、だから見えなくてもできるからと。
「五匹目だ! ライライラ! がんばるのだよ!」
倒れかけた体を白兎が支えます。ライライラの喉は音を出さず、唾液の泡を破裂させるだけ。でも、かざした手だけは降ろさず……五匹目の魚が光に包まれていきます。
「ライライラ! もう……」
ガクンガクンと、明らかに危険な動き方をしたライライラを白兎は抱きしめます。でも、すぐにそれを解いたのは、ライライラが降りてしまった手を再び持ち上げようとしていることに気がついたからです。
「僕が、支えるのだよ!」
その手を下から支え、六匹目の魚に触れさせると光が溢れます。そして、その姿がヒトガタに変わると、まだ魚のままでいる最後の一匹が、もう完全に見えなくなってしまったライライラの目の前に来ました。
「ライライラ、最後の一匹だ」
コクンと、うなずいた気がしました。そしてとうとうライライラは、白い病に侵されたすべての魚をヒトガタに変え、その苦しみから救ったのです。
ライライラが目覚めたのは、上も、下も感じられない、黒いのか、青いのか、それとも赤いのかよくわからない空間でした。
「あ、ここ……」
たしか前に来たことあると、こみ上げてくる記憶を感じます。
「私とそっくりな子がいて……うん、いたね」
手足は動かず、だらりとしたまま。拘束されていないのに自由にならないライライラの体を上から覗き込む、自分と全く同じ顔がありました。上も、下も感じられない空間のはずなのに。
「ヴォトリア、箱庭をこえる力はどうだ」
「ヴォトリア? 私はライライラだけど……」
頭痛はいつのまにか消え、代わりにあるのは、脱力のまどろみに沈んだかのような体感。もしかして水を泳ぐ魚たちはこんな感覚なのではないかと、ライライラは思います。
「境をこえれば世界は混ざり始める。であるならば、 」
途中から聞いたことのない発音の言葉に変わってしまい、何が伝えたいのか理解できません。それから自分とまったく同じ見た目の少女は、完全に左右対称な表情と身振り手振りで、耳が拒んでしまいそうな音を発し続けました――――そしてライライラは、そのキーの高い不協和音を束ねたような音を、気だるさのなかで追いかけていきます。まるで、次々と黒板に書き連ねられていく異国の言葉を書き留めるかのように(或いは、書き記すかのように)淡々と――――真面目に――――――――。
「でも……きっと、忘れるんだよねまた」
話が途切れた時、ライライラは思い出します。以前この空間に来た時の記憶は、目覚めてすぐ消えてしまった(溶けてしまったのかもしれない)と――――。
「忘れるわけではない。 だ」
プツンと視界は途切れ、頭部だけがぬめりの中に引きずり込まれるような感触がありました。それから、しばらくして夜が明けるように広がった優しい光とともに見えたのは、白兎の顔です。
「私、また気絶してたのかな……」
「待っていたのだよ」
白兎の目の周りは腫れていて、白目は真っ赤。鼻も真っ赤になってしまっているのは、きっとたくさん泣いたからでしょう。
「白……椿は?」
「…………逃げられたのだよ。まさかあの子が、白い病を強化していた魔導士だったなんて」
まだ起き上がれないライライラは、どうして逃げられたのかと考えます。
「なぁ、白兎。私――」
「おまえも白い、あの病気の子どもと、同じじゃないのか?」
割って入ったのは、聞いたことのない声でした。その声は、ライライラではなく白兎に向けられていて……。
【024】第十冊一章 激突アピストグラマ おわり
次の話を読む
公開中の話一覧


※栞を挟んだページはサイト右側(PC)もしくは下部(Mobile)に一覧で表示されます。
感想ツイートで応援お願いいたします!
▼▼▼▼▼▼