アクアリウムライライラ
第一部 アクアリウムの白
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【031】第十三冊一章 電撃ポップ

 ミアーリナとライライラは巨大な魚が閉じ込められた、透明な箱の前に立っていました。隠れ家を探す最中に、行き当たったのです。

「ライライラ……これ……」

 その魚は太く、圧倒的な大きさで色も茶色かったので、ライライラは「ネオケラトドゥスさんか?」と思ったのですが、違う魚だと気がつきます。それ以前に、魚であることに気づくまでに時間がかかっていたのですが…………それはこの魚の体が、ずるるるりと、とてもとても長いものであったからです。

「フォルナ、こんなひどいことする人だったんだ。私が助けるから」

 その箱が水槽ではないことは、ライライラにはすぐわかりました。魚が身動きできないくらい、狭い箱だったからです。

「なにするつもりっすか?」
「この魚をヒトガタにする」
「え! こんな巨大な魚、ヒトガタにしたら巨人になるんじゃないっすか? やばいっすよ、種類もわかんないのに!」
「大丈夫、ヒトガタとは話せるし」

 ミアーリナの静止も聞かず、ライライラは壁の中に手を入れます。そして、身長の何十倍もありそうな長い長い体を持つ巨大なうなぎのような魚に触れました。

「大丈夫だよもう。ヒトガタになればこんな箱、ないのも一緒だから」

 ビリッ。ライライラの指先に電気が走ったかのような刺激がありました。今まで通りなら、体の内側に刺激が発生するはずなのに。

「あれ、余裕ができてる……こんなに大きな魚なのに?」

 今までとは違う――――まるでゆっくりと息を吐くかのようにライライラの手から広がった光は、見上げるほど背の高い箱に詰められた魚を包んでいきました。その光はとてもまばゆく、ミアーリナは目をぎゅっと閉じ、さらにまぶたを通して見える光を防ぐために目に腕を重ねます。

「私のひとつおぼえ、こんなに成長したんだ」

 ライライラは目を開いたままでした。純白の紙が光を反射するように、ライライラの目が光を拒絶しなかったのです。そういえば、今までひとつおぼえを使った時、目を閉じていたっけ(或いは、閉じていなかったのか)――閉じていたとしたら、それは眩しいと思ったからなのか(或いは、光は眩しいと思いこんでいたからなのか)――――ライライラはふと、そんなことを考えた後、とりあえず「自分のひとつおぼえの光は眩しいと感じない」という仮説を立てます。

「痛っ!」

 またパチンと電気のような刺激があり、ライライラは思わず手を引いてしまいました。それと同時に光は収束していき、透明の箱の中であぐらをかいて座っている一人の女性の姿を顕にします。その女性は特に巨大なわけでもなく、ライライラから見てもごく普通だと思える背丈でした。

「ん? なんだこれ。おう、これおまえがやってくれたのか?」
「え、あ、うん」
「そっかぁ! あはは、よくわかんねぇけどすっげぇな」

 背中の中央辺りまで伸びた髪は外側が濃い茶色で、中は赤茶けたような色。どこかとぼけたような顔に似合わず、豪快な態度のヒトガタです。

「ありがとな。俺はデンキウナギ、おまえは?」
「私はライライラ。ん? どうしたんだミアーリナ。そんなに離れて」

 巨大な魚だったけど、ヒトガタになったら普通の身長になった。なら、なにを怖がることがあるのかとライライラは首を傾げます。

「思い出したっす……。ライライラ、その魚……デンキウナギっすよ…………」
「なんだ電気って、光るのか?」
「い、いや……元のサイズは多分、ニメートルくらいあるっす……あんな巨体が電気を発したら……うわぁ!」

 突然、デンキウナギの指先から紫色の折れ曲がった光が走り、バチンという大きな音が鳴ったのです。

「ふぅん、この体だとこんなかんじなんだな。俺の電気」
「で、電気出せるのか! かっけぇ!」
「いや、危ないっすから!」

 感動するライライラと怖がるミアーリナをみて、デンキウナギは大口を開けて笑います。

「ああ、おまえらあれか。あのフォルナとかいう緑のやつと同じ種類の生き物だろ」
「え、あ……うん」

 そのフォルナに閉じ込められたんだよね? と言おうとした矢先、デンキウナギが力強く立ち上がりました。

「あいつ強かったなぁ! もう一回勝負したいぜ」
「は?」

 ライライラはその言葉に、キョトンです。

「っていうか、ここから出れなきゃどうしようもねーか」
「いや、で、出れますよ? ヒトガタになったので」

 思わず敬語で。

「え? マジで? 嘘! うわ、ほんとだ! すっげぇ! あいつともう一回勝負できるぜ! ありがとな、赤黒」
「あ、ライライラです」
「おう、そうだったな」

 壁を怖がることも、躊躇することもなく。大喜びで箱から出たデンキウナギは、屈伸、伸脚と準備運動を始めます。

「ふぅん、こうやって動くのか。ヒレかこれ? いやヒレじゃねぇなぁ! あっはっはかってぇなこれ! ぶち当てたら痛そうだ」
「な、なんであのデンキウナギ氏は馬鹿のバトルマニアみたいになってるっすか? 明るいにも限度があるっすよ。電気だからってキャラづけ適当すぎじゃないっす?」
「いや、わかんねぇ……」

 こそこそと小声で話し合うライライラとミアーリナに、デンキウナギが気がつきます。

「なに話してんだ?」
「いや別に……」
「なんでそんなに明るいんすか? 閉じ込められて恨んでないんすか?」

 はぐらかそうとしたライライラでしたが、見事ミアーリナが打ち砕いてしまいました。

「あー。恨むかぁ。いやなんていうかさ、動けない間ずっと話しかけてきたやつがいたんだよ。声だけしか聞こえねぇし、なに言ってるかあんまり……まぁ、あんまりわかんねぇんだけど、そいつが教えてくれたんだ。フォルナとかいうやつは、俺が嫌いで閉じ込めたわけじゃない。俺の電気を回避するために仕方なく閉じ込めたんだってな」
「……なんっすかその声…………自分の妖精みたいなもんっすかね」

 ミアーリナの周りで、妖精たちも首を傾げます。

「それ聞いて、俺思ったんだよ。わかる! って。俺も小さい頃、いろいろ怖くってさ、そん時怖い奴らを閉じ込めることができたら、閉じ込めてただろうなぁって! しかもフォルナとかいうやつは、私に勝ったのに謝ってたらしいぞ? すごく後悔して何回も何回も。この箱もその時限界ギリギリの大きさだったらしくてさぁ! それで、フォルナは俺のために壁を消せるようになるって、修行に行くことを俺に約束したらしいんだ。この話も謝るってことも後悔ってことも、全部声が教えてくれたことなんだけどな、わはは」
「よく喋るデンキウナギっす…………ん? どうしたっすかライライラ」

 ライライラは思わず笑ってしまったのです。フォルナが、そんなことを言っていたのかと知って。

「ああ、もうわかんなくなってきちゃった。なにが悪いんだか」
「ら、ライライラ。フォルナは…………緑のジャージの女は悪いやつだって……」
「うん、ミアーリナを疑ってるわけじゃないよ。でも、なんで白椿をフォルナが生み出す必要があるんだ? いや、そもそもどうやって生み出したんだよ? 壁のひとつおぼえでどうやって白椿を? ああ、ごめんミアーリナ、ほんとに疑ってるわけじゃないんだけどさ」

 ライライラは手のひらを見せて、横を向いてしまいました。

「えっと……でも妖精が……」
「他に、緑色のジャージのやつがいるのかもしれねぇしさ」
「でも……」
「ミアーリナ、私、今悪いこと考えてるんだ。だからちょっとごめん、任せてくれないか?」

 そういって、目線を向けた先はデンキウナギの方でした。

「なぁ、デンキウナギ。恩着せがましくて悪いんだけど、私に感謝してくれてる?」
「してるしてる。めっちゃしてる」
「そっか。それで、フォルナともう一回勝負したいんだよな」
「してぇしてぇ、めっちゃしてぇ」

 おどけてるのかふざけているのか。それとも大真面目なのか。デンキウナギがどんな気持ちなのか、いまいちつかめません。でも、ライライラはそんなことおかまいなしに話を続けます。

「私さ、フォルナにいろいろ話を聞きたいんだ。だから勝負に勝ってくれねぇか、それで勝ったら私に真実を話せってフォルナに言ってくれねぇか」
「おう、いいぞ。今度は俺が勝つからな!」

 あっけなく承諾した、デンキウナギにライライラは頭を下げます。

「ら、ライライラそんなめちゃくちゃな……」
「任せてくれよミアーリナ。頼むから」

 その視線は力強く、そして寂しそうでした。

「…………そんな目で見ないでほしいっす」
「すまん。探してくれ、フォルナを」
「え…………」
「妖精なら、見つけられねぇかな?」

 ミアーリナはもじもじとしたまま、答えを出しません。

「うーん、だめか。なら自分で探すわ。ごめんなミアーリナ、ネクロゼリアにも謝っといて」
「勝手なこと言わないでくださいっす!」
「なんだよ、うるせぇな」

 不快感を顕にしたライライラに、ミアーリナがびくりと怯えます。

「って、私はなにやってんだ……いらついて馬鹿みてぇ」
「なぁ、それのなにが悪いんだ?」

 デンキウナギは指先でパチンと電気を鳴らし、ライライラの視線を再び自分に向けさせます。

「本能だろそれ。いいじゃねぇか。おまえは探したい、おまえは探したくない。で、どっちが勝つんだ? 俺が見ててやるよ」
「勝つって……」
「違うのか? 勝っていうこときかせればいいだろ? 勝てないなら、そいつを俺が感電させてやろうか? おまえには恩があるし」

 ヒッと声を出し、ミアーリナはガタガタと震えだしてしまいました。

「やめろよ」
「そうそう、それでいい。本能をぶつけたい相手にぶつける。それでいいと思うぜ俺は」
「ああ! もう私はなにやってんだ!」

 ライライラはバンバンバンバンバンと自分の両頬を何度も叩きました。

「ごめん! ミアーリナ、デンキウナギ! 私ちゃんとフォルナと話してみたい。それだけなんだ」
「…………探すだけっすよ。もう、友達なら素直になってくださいっす」
「ははっ、友達ってなんだ? それは声に教えてもらわなかったぞ」
「デンキウナギももう友達っすよ。自分に電気流さないなら」
「大丈夫、俺の本能はおまえに電気流したいと思わない。友達ってそういうかんじか?」
「それ、本能なんすか? 魔導空間の影響でちょっと変になってるだけ……い、いや! なんでもないっす!」

 自分自身の発言に焦るミアーリナを見て、デンキウナギは爆笑します。

「笑いすぎっす! ああ、もう! フォルナを探してやるっす!」
「その必要はないわよ」
「フォルナ!」
「おー! フォルナ、俺さ、こんな姿になっちまった! おまえと同じだなぁ!」

 驚きを隠せないライライラを尻目に、デンキウナギはフォルナに近づいていきます。以前と変わらぬ緑のジャージに手袋、そして態度。腹部が暗く質感が違うのはあの血糊が乾いたせい。ライライラはフォルナとの突然の再会に頭がついていかず、血糊ってあんな形で服を汚してたっけ……と、わけのわからないことを考えてしまいました。

「壁は消せるようになったのか!」
「壁? まだ消せないわ。だいぶ大きいのが出せるようになったのだけど……」
「俺は壁の外に出ちまったぜ?」

 その会話を聞いてライライラは気が付きます。フォルナがすぐ近くに、唐突に現れたように見えたのは、あの壁を利用したためだと。自分の前から消えたときと同じように壁のひとつおぼえを利用したのだと。

 

 

 

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