第一部 アクアリウムの白
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【034】第十四冊二章 ナカズカメラ
「ライライラ、諦めちゃだめよ。戦うだけが戦い方じゃないの」
「え?」
フォルナの言葉に、ライライラが顔をあげます。
「正直、こんな手は提示したくないのだけど。マリー、もしあなたが私達に危害を加えようとするなら、ミアーリナを殺すわ。あなたが隊に入れたがるほどだから、重要なのでしょう? その子のひとつおぼえが」
「今の私相手に、それができると思ってんのか! なぁフォルナ、今の私をなめてんのかてめぇ………… おい、なんのつもりだ名前も知らねぇ赤茶髪」
マリーをビシッと指差していたのは、デンキウナギでした。
「俺、充電完了!」
その指先でスパークするのは、紫の光。
「はっ、デンキウナギかよ。危ねぇやつ連れてんなぁ! いいだろう。ここは引いてやる。二回戦は引き分けで勝ち点一……悪くねぇ。悪くねぇなぁ。よし、いくぞミアーリナ。ついてこい」
「ライライラ……」
ミアーリナはなにか言いたげな顔で口を開いてから、うつむいて立ち止まります。ライライラはその顔を見つめましたが、空の光がメガネに反射してしまい、どんな瞳をしているのかはわかりませんでした。
「ミアーリナ! 来いって言ってんだろ!」
「は、はいっす」
残された三人に、ミアーリナを止める手立てはありませんでした。
「ごめんなさいね、ライライラ。私があんなこと言わなければミアーリナは向こうに行かなかったかもしれない」
「……そんなことないと思う。私のこと嫌ってたし」
「それを言うなら、マリーと元々つながっていたようだし……よ」
「そうかな、そっちでいいのかな」
「なにか反省したいならすればいいわ。悪気がなくても人を傷つけてしまうことはあるから。それが許されることかと聞かれれば、私はわからない」
ライライラが答えようとするまえに、フォルナは抱きしめます。温かい左腕と、冷たい右腕で。
「ねぇフォルナ」
腕の中で言葉を吐くと、蒸気が顔を撫でます。
「なにかしら」
「私、フォルナがこの世界で、なにか企んでるって思ってるよ」
「さすが魔導書いらず、賢いわね」
フォルナはなぜか嬉しそうでした。
「でも白い病を倒そうとしているのは本当だって信じてる。それに、仲間を殺したって話は、なんか、きっと嘘なんだって思ってる。だから私が見たこと全部教える」
「ええ。一緒に倒しましょう。私はね、アクアリストなの。だから魚を救いたいわ」
「私も……アクアリストになれるかな」
「あなたはすでにアクアリストよ」
腕の中、ライライラはフォルナの顔を見上げます。
「ねぇフォルナ」
「なに?」
「全部終わったら、頑張って逃げてね」
「優しいのね」
「うん、フォルナが捕まっちゃうのは悲しいから」
「あなたも逃げないとだめよ。私が反逆者だって知った上で、仲良くしちゃったんだから」
「え?」
その「え?」は本気の「え?」でした。
「え?」
「え?」
「え?」
「えええええええええええええ!」
少し間が空いた後、ライライラの絶叫が響き渡ります。
「大丈夫よ、私ここを出たらめちゃくちゃ強いから。とりあえず、守ってあげることはできるわ」
「私、帰還条件わかんないんだけど」
「ああ、そうだったわね」
「そうだったわねじゃないよ!」
焦って暴れそうなライライラを、フォルナは強く抱きしめて離しません。
「まぁ、とりあえず状況整理しましょ。私がいなかった間の情報を教えて。ちゃんと考えてあげるから」
「ううーありがとうフォルナ」
「ああもう。ジムナーちゃんが鼻水だらけになっちゃったじゃない。これ限定版なのよ。血糊がつかないようにコンプレッションウェアも一段高いやつにしたのに。これはもう罰としてジムナーちゃんのモデルになった魚探しに付き合ってもらうわよ」
タンクトップの上で可愛らしいほほえみを向けるキャラクターの元になった魚。ライライラが思い浮かべたその姿は、今まで出会ったどんな魚よりも優しい雰囲気をまとっていました。
それからライライラはフォルナにたくさん話をしました。離れていた時間は短いけれど、いろいろなことがあった――――感情的になりながらも、一所懸命に話すその姿をフォルナは優しく受け止めます。
「まぁ、ネクロゼリアと再会できたら私が説明してあげるわ。あなたは白い病からこの世界を救いたいだけだったと」
「え……」
「それできっと大丈夫。これからなにか、反逆的な行為をしなければね」
「反逆的?」
「ええ。私と同行するなら約束して、私と邪教討伐隊との戦いには絶対に加担しないと。そうじゃなきゃ、旅はここで終わりよ」
「……はい」
ライライラはうつむいてからうなずきます。
「いい子ね。ああ、あと私が助かるために相手をボッコボコにする時があるけど……許してね」
「それは仕方ないし……」
「ええ。あなたがいると、逃げるという選択肢がとれないときもあるでしょうから」
あえて伝えた。その裏にある優しさを、ライライラはぎゅっと握りしめます。
「さて、いくわよ。白椿がさらに強くなる前に、白兎を探しましょう」
「いいの?」
「ええ。あの子こそあなたの大事な仲間でしょう。それに、今聞いた話から推測するならば、彼は今一人で、白椿に対抗する手段を手に入れるために奔走しているはずよ」
「許してもらえるかな……」
じくりと痛む胸は罪悪感。
「そもそも怒ってないと思うわよ」
「怒ってたもん……」
「そういうものなの。大丈夫、白兎を信じなさい。さて、あまり放置するのも悪いから、少し話をしてくるわね」
フォルナはライライラの頭をぽんと叩くと、デンキウナギの方へと向かいました。
「あなたはこれからどうするの?」
「せっかく壁をこえられるようになったから、いろいろ見て回るつもりだ」
「そう、いいことね。じゃあまた、どこかで会えたら」
「ああ、また勝負しような!」
「嫌よ。私の奥の手バレちゃったもの。次はあなたの不戦勝でいいわ」
二人は、コツンと拳をぶつけ合います。
「なぁ、これもらっていいか?」
「血糊だらけだけど、いいわよ」
「ありがとう。なんかおまえのものがほしかったんだ」
デンキウナギは、フォルナが脱ぎ捨てたジャージを羽織り、手袋もはめます。残っていた左手用だけ。
「これは私がもらうわね」
フォルナは、防御性能を持つコンプレッションウェアのような魔導着をひろうと、自分で着ることはなくライライラに手渡します。
「これ、くれるのか?」
「ええ。あなたが着ておくべきよ。私のほうが強いから」
「うん、ありがとう」
ライライラは、もぞもぞとエプロンドレスの中に首と腕をひっこめると、その中でまたもぞもぞと動き魔導着を身に着けました。
「器用なものね」
「水着に着替えるより簡単だぞ」
「まぁ、見えてたけど」
「え! ま、いっか。ドロワーズだし」
「そういうものなの?」
ライライラは服の中に完全に隠れて着替えたつもりでしたが、スカートの長さが足りなかったようです。
「なぁ、フォルナ」
「なにかしら?」
「全部終わったら、私が服選んでやるよ」
「ここ出た後も、リスク負ってあなたに会いに行けと? しかも服を買いに?」
悲しそうな顔をしたライライラを見て、フォルナはクスクス笑います。
「なんだよ」
「いいわよ。会いに行ってあげる。私、擬態魔法も得意だから」
「姿変えちゃったら、似合う服選べねぇじゃん」
「たしかにそのとおりね。うーん、じゃあ追手を倒しながらショッピング?」
「あーもう! 私が通販で見立ててやるよ! だから連絡先教えて」
フォルナはわかったわと、ライライラにメールアドレスを口頭で伝えます。
「namazukamera@……か。覚えやすいメアドだな」
「ええ。namazucameraよ。横文字なのに、よくわかるわね」
「一応、ローマ字はならったからな。ちゃんと覚えてる自信はねぇけど」
「英語はまだ習ってないのね」
「うん。あれ? 英語とローマ字って違うのか? 英はイギリスだっけ? んん……魔法はイギリスとローマじゃけっこう違ったんだっけか? なんか錬金術の歴史で習った気が……あれ? どっちかな。うう…………」
ライライラは苦手な歴史の授業を思い出し、頭を抱えてしまいます。
「ああもう! 魔法なんて使えればそれでいいのにな」
「まぁ、使えれば上等ってのはわかるわ。でも、真実にたどり着くためには歴史も大事よ。研究職志望さん」
この世界を救って帰ることができたら、もう少し真面目に歴史の勉強をしよう。ライライラは心の中で、そう自分に言い聞かせることにしました。
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